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アーザの火
10
「もう離せ。俺は平気だ」

 国定が言っても、首をブンブン振って御堂は離れようとしない。
 
「国定がいなくなったりしたら、俺は……ッ!!」

 駄々をこねる子供みたいに、ぎゅっと力を込めてさらに力強く抱きしめてくる。

「だから、大丈夫だっつうの。ほら、御堂が助けてくれたんだろ?ありがとな」

 頭をポンポンと軽く撫でてやると、またも至近距離で御堂と目が合う。
 涙に濡れた瞳がパッチリ見開き、国定だけを捉える。

「ずっと好きだった……。国定だけを愛してる」

 そっと告げると、形の良い御堂の唇が、国定の唇に重ね合わさる。
 御堂とキスしてるんだよな今――?なんて考える暇を与えさせないかのように、御堂が唇の隙間を狙ってそっと舌を差し出す。
 
 無意識のうちに潜り込んだ舌に絡みつくと、交わりは濃厚なモノになる。
――嫌じゃない。内海と初めてした時みたいに嫌ではなかった。ただ、胸の芯がぎゅ―っと締め付けられるような感覚は一切ない。

 揺り篭の中で揺れる赤子のような、安心感しかそこにはなかった。
 でも、内海とした時はもっと余裕がなくなって、切なくなって、苦しくなって、愛おしくなって。

――分かってる。拒絶しなくちゃならないんだ。

 でも、毛布に包まれているかのように優しい御堂の性格を現したキスが続いたところで、糸を引いて唇から舌は離れてゆく。

「国定、あんまり無抵抗だとこのまま襲っちゃうよ?」

 意識がまだぼんやりしているからといって、内海を裏切る行為をしてしまった。
 我に返ると、国定は力いっぱい御堂の頬をビンタした。

 パンッと小気味良い音が浴場内に響く。御堂が悲しそうにこちらを見つめている。
 そして――自分の頬にもビンタをかますと「すまない……内海」とだけ国定が呟く。

「お前の事、嫌いじゃないが、二度とこんな真似はするなッ!!いいなッ!!」

 前髪を手でかき上げて、不服そうに御堂は国定を射抜く。

「……自分だって雰囲気に流されたじゃん。俺の事嫌いじゃないなら好きになってよ。今傍にいるのは内海元帥じゃない」

「そういう恋愛感情の好きにはなれないッ!!内海がいる限りなッ!!」

 自分に正直に、真っ当な感情を口にしたところで、両腕を床下のタイルに押し付けられ、御堂が国定に覆いかぶさってきた。

「本気で押し倒しちゃおうかな。あんまり可愛くないこと言ってると――」

 言われて割と本気で抵抗させなくしてくる御堂は、余裕なんかこれっぽっちもないことに気づけた。
 国定は思いっきり御堂の腹付近を蹴り上げて、むくりと上体を起こす。

「誰が犯されるかッ!!人の気持ち無視してんじゃねぇよッ!!」

 腹付近を蹴られて、ゲホゲホと咳き込む御堂を尻目に「少しは反省しろ、馬鹿」とだけ告げて国定は先に部屋へと戻っていった。
 そうして、雲母の部屋の前に到着すると、コンコンとノックをする。

 中から、一人部屋の雲母が顔を覗かせてきた。

「はぃい?って国定さんッ!?どうされたんでしょうかぁ?」

「悪いな、雲母は御堂と同部屋になって欲しい。つまりはこの部屋を俺に貸してくれ」

 一瞬いぶかしむ雲母はうーんと唸った後、分かりましたぁとだけ告げ、荷物をまとめてくれた。

「何があったかは、そのぉ……深くは聞きませんがぁ、二人とも仲良くしてくださいですぅ」

「あの馬鹿に伝えとけ、焦り過ぎだって……な」
 
 これで頭を少しでも冷やしてくれれば良いのだがと思う国定の横を通りぬけて、御堂の部屋へ雲母はむかって行った。
 隣部屋をコンコンとノックをしたはよいものの、中から返事がない。という事はまだ風呂場にいるのだろう。

 国定から鍵を預かっていたので、雲母はカチャリと鍵穴に差し込み、ドアノブを回して室中に入る。
 それから20分後に御堂が部屋に入ってくると「おかえりなさいですぅ」と雲母が出迎えた事にもあまり驚かずに対応する。

「国定、やっぱり怒ってた?」

「怒っているというよりかは呆れていたですぅ」

「ははッ……国定らしいや」

 かわいた笑いが室内にこだまする。雲母は国定に約束したとおり深くは聞かないでいようと心に決めていた。
 その方が御堂のためでもあるからだ。

「御堂、今から甘いものでも食べに行きませんかぁ?甘いもの食べれば元気が出てくるですよぉッ!!」

「良いね。フルーツパイとかよく二人で作ったよね」

 こう見えても甘党な御堂は昔はよくタルトやケーキなどを雲母と作っていた。
 小さな頃は料理本を見ながら手探りで、何度も焼け焦げたケーキを口にしながら食していた日々が思い返される。
 
 時に真っ黒焦げに焼いてしまい苦くなっても、雲母と食べれば不思議と美味しく感じられるのだった。

「今から開いてるのは、酒場ぐらいだけど、置いてるかなぁ甘いもの」

「カクテルとか飲んでも良いですよねぇッ!!行きましょうかぁッ!」

 こうして二人で宿屋を出て、酒場に赴くことにした。
 飛行して5分程で酒場に着いた二人はドアを空けると、客もまばらの中、空いているカウンター席に座る。

「自宅でもよく果実酒とか作っては呑んでいたんですよぉ。御堂がいない間……」

「寂しい思いさせてごめんね。雲母」

 雲母に対しても、頭を軽くポンと撫でるのがもう御堂の癖になってしまっている。

「そういえば、あの方はどうしているでしょうかぁ?何度かうちにいらしていた、変わった旅人のおじい様ッ!」

 御堂と雲母が幼き頃から、度々変わり者の老人がよく家に泊めてくれと来ていては歓迎していた。
 その老人の名は――あれ?思い出せない。雲母も同様に、小首を傾げている。

「名前忘れちゃうなんて、変ですねぇ、御堂もですかぁ?」

「あぁ、何でだろうね?」

 困ったように二人して笑いあっていると、カウンター内に立つ40代ぐらいのお姉さんとだけいっておこうが「あんたら、注文は?」と聞いてくる。

「フルーツパイとか甘いものありませんかぁ?」

 と返せば「うちは酒場だよ。メニューにはないが特別に作ってやるから40分程待ってな」とぶっきらぼうながらもこちらの要求に応じてくれた。
 その間、二人でカクテルなどを呑んでは、きっかり40分後に出来上がったフルーツたっぷりのパイがカウンターテーブルに並ぶ。

「ありがとうございますぅッ!!お姉さんッ!!」
 
 雲母がはしゃいで礼を述べると、お姉さんは「そんな歳でもないから、姉さんはやめてくんな。おばちゃんでいいよ」とこれまた無愛想ながらも顔はどこか綻んでいた。
 
「温かい内に早速食べちゃおうか?」

 御堂が促せば、いただきますと手を合わせて雲母が一口食す。

「どう?」

「美味しいですぅッ!!ちょっとお酒に漬けている林檎とか桃とかも良いアクセントになってて絶妙ですぅッ!」

 御堂も一口含むと「美味しいッ!!」と感嘆の声を上げる。
 
「そいつぁ良かった。うちの子供らに食べさせるもんだからねぇ。気に入ってくれたなら有難いよ」

 お姉さんもとい、おばちゃんはにっこり微笑んでいる。
 他の客が「ママ、次ビールジョッキ二つねッ!!」と叫ぶと「あいよッ!」と掛け声をかける。

 アットホームで良いお店だな、なんて思いつつ、二人であっという間にフルーツパイを完食し終えた。
 もうそろそろ店を出ようとした際に、御堂にとって見覚えのある顔がドアを開いてカランカランと鐘の音を鳴らす。

 そう、そこには――内海元帥の副官である江月と黒翼が何人かいた。
 軍服を纏った彼らの登場に酒場がざわつきはじめる。

「おいッ!!なんだってこんなところに軍人なんかが……」

 客の一人がそう続ける間もなく、黒翼の一人の氷魔法が飛んでくる。刃となった形のそれは、男性客の喉元に深く突き刺さる。

「……が……はぁッ!」

 口いっぱいに血反吐を吐いて、男性客が動かなくなる。

「きゃぁぁあああああああッ!!」
 
 男性客と一緒に連れ添ってきていた女性客が、悲鳴をあげる。
 一人殺されたのを合図に――酒場は戦場と化した。


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あきゅろす。
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