アーザの火
5
ひとまず自分たちの首は繋がったが、まだまだ不安要素が残る。軍から逃げつつ、メイオを探さねばならない。
何処にメイオが存在するのかも分からないまま、四人も屋敷を後にした。
「これからどうするんだ?」
霧也が口を開く。そう、計画を練るとかいう次元の話ではない。この広い世界の各地で生きているメイオがどの程度いるのかも分からないのに、雲を掴むような話だ。
これは難航するだろうなぁと御堂が考えていたら、真白が今度は言葉を発した。
「……僕は育ての親である母さんを屋敷で殺された。その犯人を探したくて今まで生きる事に執着していたんだ」
「そうだったのか……」
国定と御堂が互いに顔を見合わせ、命乞いをしてまで真白が軍に降ったのかもようやく理解が出来た。霧也が悲しげに真白へと答える。
「ねぇ、メイオを探すったって信号みたいな物はないし、ただ……会えば同族だなって分かる程度だよ?どうすればいいのかこっちが聞きたいよ」
なげやりに真白が応じると、今度は静まり返ったこの言いがたい空気の中、それまで俯いていた御堂が顔を表に上げる。
「俺の故郷にさ、幼馴染の女の子がいてさ、ここからかなり遠く離れてはいる小さな村があるんだけど行ってみる?」
国定の故郷なら軍がもう待ち伏せている可能性があるので無理だったとしても、御堂の故郷ならまだ幾ばくか安全ではある。
「ならそうしよう。今はもう正直お手上げ状態だしな」
やれやれといった具合に国定がため息混じりに話すと、真白と霧也もそれしか方法がないかのように合意した。
「アルマ村といって、別名魂の村っていうんだけど本当のどかで良い場所だよ。小さな村だしねぇ。ここからさらに北西の位置にあるんだ」
懐かしげに語る御堂の眼はどこか憂いを帯びていた。気のせいかと御堂の顔をよく見る間もなく、霧也が空へと飛翔したのを合図に二人も空へと向かった。
途中一行は都市で宿をとっては移動を繰り返し、大きなテラ島を越えて、一週間後にはアルマ村にようやく到着できた。軍の連中にも遭遇せずに済んだのは、不幸中の幸いだろう。
全員空から地へ降り立ってみると、まず羊などがめぇめぇと柵の中で鳴いていて、牧草のにおいが鼻腔をくすぐった。御堂が話したとおり小さな集落でのどかな田舎といった場所だ。
近くのレンガ造りの民家に御堂がコンコンと扉を叩くと、中からピンク色のふわふわ癖毛の髪色におさげ姿、鼻にはそばかすがある少女が出迎えてくれた。
「はいですぅ。どちら様でしょうか……?って御堂じゃないですかッ!?」
目を真ん丸くしてぱちぱちと瞬かせている。御堂の幼馴染と聞くには、少々年齢が幼すぎる気もした。
だって外見は150cmにも満たない身長で華奢な身体、舌足らずな口調に声も耳障りなくらい高かった。どうみても、御堂から10以上は歳の離れた妹にしか見えないのだ。
御堂以外の三人は明らかにうろたえている最中、可憐な少女との会話は続く。
「やぁ、10年ぶり。雲母(きらら)。元気にしてたかい?」
「はいぃ!私は元気にしてましたよぉッ!御堂は軍に所属していたのでもう会えないかと思っていたですぅ」
「それがさ、軍人じゃないんだ今は。黙って抜けて来たから、逃亡中の身。しばらく雲母のところで匿ってもらえないかい?」
「も、もちろん構わないのですが、あ、ああああの、そちらにお見えになる方々は……?」
先ほどまで明るく喋っていた少女は扉の後ろに隠れおずおずとこちらの様子を伺っている。まるで人見知りのようだ。
もじもじとじれったく、ちらちらと顔色を見られていて、国定は短気な性格ゆえに頭にきた。
「なんなんだよこの女ッ!俺の顔にでも何か付いてるのかよ?目線を合わせたいのか合わせたくないのかどっちだ?!」
「ひぃぃッ!この方怖いですぅッ!!御堂、助けてッ!!」
ついには部屋の奥にある洋服タンスの中に隠れてしまった訳だが、御堂が国定を注意する。
「国定ッ!!雲母は俺より2つ下で26歳だけど、人見知りしてるだけだからあまり怖がらせないで優しくしてくれッ!!」
御堂の言葉に三人は驚愕した。真白も霧也も信じられないといったぐあいでいる。
「どう見たって14歳ぐらいにしか見えないぞ、このちっさい女ッ!!」
「私は14歳ではありません―ッ!!」
タンスの中からくぐもった声が響く。やれやれといったように御堂がそっとタンスを開けると、一目散に御堂の後ろに隠れて出てきた。
「御堂の文から、よく国定さんの事は聞いてはいましたけれど、まさかこんなに怖い方だとは……ッ!!」
そこですかさず真白と霧也がやわらかく挨拶をする。
「僕はそこの馬鹿とは違って怖くないでしょ?初めまして雲母ちゃん、僕真白。こう見えても男だからよろしくねッ!」
「俺は霧也だ。よく無愛想だとは言われるが、採って食いはしない。安心しろ」
二人を交互に見遣って、雲母はようやく警戒心を緩めた。
「は、はは初めましてッ!こちらこそ、よ、よよよろしくお願いしますぅッ!」
90度にお辞儀をして、雲母は前に進み出てペコリと挨拶した。国定へは恐怖心からか、目線を合わせようとはしなかったが。
そんな態度の雲母に国定は頭にきたのか機嫌が悪い。
「俺には挨拶もなしかよ」
「はぅッ!ご、ごごごめんなさいですぅッ!!よろしくお願いします国定さん」
ようやく国定へと視線も合わせられたところで、御堂が雲母にお願いをする。
「しばらく厄介になるけれども、ごめんな?でも、改めてよろしく雲母」
「はいッ!御堂のお願いならいいですよぅッ!!お料理も作りがいがありそうで、とても楽しみですぅッ!」
――日も暮れかけた頃、雲母は台所に立ち、キッチンで五人分の料理を作っていた。
きのこのスープに蒸かしたジャガイモと鶏肉といった家庭的な質素な物だったが、それでも真白も共に台所で雲母の手伝いをしていた。
「母さんといた頃はよく料理手伝っててね。自信があるんだッ!」
御堂も横で茶碗洗いなどをしていた。何もしていないでテーブルで待っていたのは霧也と国定だけだった。
そんな二人が楽しそうに腕相撲をしていた。どうしても、霧也に勝てない国定は悔しさから何度も挑戦するも見事に惨敗していた。
「この脳筋野郎がッ!!何で俺が一回も勝てねぇんだよッ!!」
「国定、アンタ弱いな。鍛えていない証拠だ」
そこを言われるとぐぅの音もでない。
「悪いかよッ!大体黒翼は筋肉なんかいらねぇんだよッ!!ほら、もう一戦ッ!!今度こそ勝つぜッ!!」
「あんまりやけになってると、腕の骨折れるぞ」
それでも本気の30%も出していなさそうな霧也だったが、横で楽し気な笑い声が聞こえると、キッチンに立っていた三人も嬉々として作業にとりかかっていた。
「あいつら、楽しそうだね。腕相撲なんかしちゃってさ。僕ならそんな無駄な体力使いたくないからパス。でもいいねなんかこういう団欒も」
御堂も賛同する。
「ははッ。国定は負けず嫌いだからねぇ。是が非でも勝ってみたいのさ」
「男の人ってそういうところありますよねぇッ!ふふッ、楽しそうで何よりですぅ」
こうして三人の甲斐あってか夕食が出来上がった。それらを皆で囲んで食べていると、ふと真白が雲母にたずねる。
「何で一人暮らしなの?」
問いかけると、雲母と御堂が俯いていた。
「……元々、小さな頃から両親なんていなかったんですぅ。ここで御堂と一緒に生活してましたからぁ」
「そう。俺も雲母も家族はいなくてね。二人だけで暮らしていたから。あぁ勿論、小さな頃は村の人たちに育ててもらっていたよ。でも八歳になった時にはここで雲母と二人暮らししてたっけなぁ」
それを聞いて真白も黙り込んでしまった。気を悪くさせてしまったのではないかと危惧して。
しかし国定だけは、自分も孤児だったため、遠慮や同情などはしなかった。むしろこの空気を破壊するような言葉を口にする。
「へぇ。そんだけ長くいた割には、何で男と女の関係にならなかったんだ?逆に不思議なくらいだな。……俺なんかを好きになりやがって」
最語尾は小声で上手く聞き取れなかった皆だったが、言いたいことはよく伝わったらしい。
「雲母は妹みたいなもんだよ。幼馴染でもあり、大事な家族の一人でもあるんだ。――俺が愛してるのはあくまで国定だから。妬かないで?」
こう言われて耳まで真っ赤に染まった国定が、バンッと両手をテーブルに乗せ、大きく音を立ててその場に立ち上がった。
「誰が妬くかッ!!だからッ!!お前そんなこっぱずかしい台詞を何度も言うんじゃねぇッ!!」
その反応に周囲はただただにやにやと視線を国定に送ったが、御堂は調子に乗ったのかあくまで主張を変えないでいた。
「好きだよ国定。誰よりも。10年越しにやっと言えたからねぇ。内海元帥がいない今しか俺には勝機がないから……」
けれども、国定はただ顔を赤らせたまま困ったように対応している。
「……お前の事は嫌いじゃない。だが、俺には内海がいる。気持ちに応えてやることは無理な相談だ」
「それでも、好きでいつづけられたら迷惑かい?」
今度は御堂が眉尻を下げて困ったように笑いかけている。
見かねて雲母が横槍を入れた。
「御堂がずっと軍にいた頃は、国定さんのことばかり文で連絡してきていましたよぉッ!だから、私は大切な幼馴染の恋を応援したいと思っていますぅッ!誰かを好きでいつづける事は自由でしょう?」
雲母の言葉には芯が通っていた。誰かを好きな気持ちは自由だという意味がストンと国定の胸に降りてくるようだ。
「……迷惑じゃない。ただ、照れくさいし、俺には内海がいる。何度も好きだとか愛してるだとか抜かすな馬鹿ッ!」
「そっか。なら今後は気をつけないと、ね?」
それで御堂は納得してくれたようだが、雲母はこれが俗にいうツンデレなんだと思った。
(本当は言われても嬉しいのですねぇ。素直じゃない方ですぅ)
一人心の中で雲母は独白すると、真白と霧也が本題に入ろうとする。
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