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アーザの火
2
 

 空高く浮いた島に、何処から見渡そうと明瞭な古城がそびえ建っていた。

 人々には生まれつき背中に白い翼か黒い翼が生えていて、町から町、長距離の移動など羽根を広げ空を飛んで行き来する。
 1人の黒い翼を持ちし通称――黒翼の男が悠々と空を飛行し、古城へ向け帰還しようとしていた。

 城の外壁は今にも崩れんばかりの腐敗と損傷が激しく、見た目上は脆くも巨大である。

 広さにして約20万平方メートルはあり、学校や寮なども併設しているが、国で最大の機関・全知全能の根源と称され“裁きの鉄槌”として名高い。
 人々から畏怖と尊敬の眼差しを一心に集める信仰のシンボル的象徴とも化していて、構造上城なのは要塞の役目も担っているためだ。
 熱心な信者が足を運び、稀に食料や金銭を持ってきたり悩みや愚痴を零すものだから、いっそ教会も併設してはどうかという声も挙がっている。
 

 男はそんな古城に到着後もゆっくり羽根を休める間もなく、慣れたように中央に置かれた扉を開け中に進む。
 埃っぽくも無駄に長く広い廊下を歩く途中、すれ違った黒翼の人や背中に白い翼を生やした――通称白翼は、黒翼の者より頭を深く下げて男に会釈をした。
 中には恐る恐る声をかけてきたり生真面目に挨拶をする者もいたが、急ぐため軽い応対をし、さらに歩みを進める。

 ある扉の前までくると白翼の門番が2人立っていた。

「内海元帥はいるか?」
 男を一目見るなり、それまで暇そうに欠伸をしてた門番も血相を変える。
「はッ!国定大将でありますか!内海元帥は中でお待ちです」
「そうか……奴も暇だな。どうせ仕事の合間を縫ってエロ本でも読んでんだろ。にしても、お前等下っ端はもう少し緊張感を持って職務を全うしろよ?」

 門番2人は互いに顔を見合い、表情が青冷め不安に染まっていく。

「あ、欠伸などしてすみませんでしたッ!!どうかお慈悲を!」
「右に同じく、申し訳ありませんでした!以後気をつけます故お許し下さいッ!」

 この世界では絶対不可逆の真実が存在する。

「……別にそういう意味で言った訳じゃねぇんだがな」


――昔、白翼の家畜奴隷だった黒翼は、今では立場が逆転し黒翼が白翼より権力を持つようになった。
 黒翼というだけで白翼からは恐れられるも、根強い差別意識が変わらず、またそれらを大義名分とし黒翼は白翼を意のままに、好き勝手に扱ってきた。
 けれど、今の黒翼主義体制の元を辿れば、白翼が黒翼にしてきた事が己が身に返って輪廻しただけであるから何とも皮肉な話である。

 今にも死の恐怖に晒された門番を国定は俯瞰で見下ろす。
 土下座をし、頭を地に擦り付け必死に懇願している2人の生死を自由に操れるだけの権利が国定には充分あった。



「面を上げろ。俺の事をよく知らないとは…お前等は新人だな?安心しろ、ンなつまんねぇ理由で殺したりしねぇから。俺の前では程々に欠伸をしても良いが、職務に集中する時はしてろってだけだ」
 国定の言葉を聞いて安堵したのか、2人の顔からは笑みがこぼれていた。
「ありがとうございました!」
「お慈悲に感謝します!」



 明るい声を聞きながら、国定は内海元帥のいる部屋へと入った。
 室内は清掃が行き届いていて、さっきまでの埃くさい廊下の空気を一変するような格調高い調度品がいくつもある。
 窓辺付近には広々としたアンティーク机と銀の装飾が施された椅子が置かれ、そこに内海は座って寛いでいる。
 ここまでならまだ元帥らしい佇まいを感じさせるが……やはりというか、今日も予想を裏切らず遠目からでも分かるエロ本を片手に部屋の主は手招きしていた。
 見慣れてはいるが、部屋に入るたび無性に内海を一発殴りたい気分になる。

「よぅ!任務ご苦労さま。扉の前、なんや煩かったな?」
「ああ、それは気にすんな」
 もっと大事なことを気にしろと言ったところで、無駄なのは目に見えてるから言うまでもない。
「それより、急ぎの任務があるんだろ?さっさと用件を言え」
「仮にもわいはお前より階級が上の元帥やで〜?ホンマ可愛いげがないわ〜」
「仕事中だってのにエロ本読んでる奴を敬う気持ちにはならねぇ。で?上層部の引退したジジィ共は今度は何だって言ってきやがった」

 興味もなさそうに国定は腕組みして先を促す。
 煙草を切らしているため、実は吸いたくて仕方ない衝動を我慢していた。
 やる気がいつにも増してないのは側にいる内海も同じだが、引退したとはいえ未だ絶大な権力を誇るお偉い方の命令には元帥といえど逆らえない。

「手っ取り早く用件を言うで。ジジィ共が、今…町で噂されとる魔女を生け捕りにしてこいっつう命令を下してきた」


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