[携帯モード] [URL送信]
捕らわれラブロマンス





沈黙の拡がるリビングルーム。席に着くのは母と父、そして私の三人。母は何時も通りにこにこと笑っており、父は腕を組んで何を考えてるのか、俯き加減で目を閉じている。対してその二人と向かい合わせに座っている私は二人のどちらかが口を開くのを無言で待っている。沢田くんは現在二階で待機中というか待ってもらっており不在だ。

「あっちの学校でも元気でやっているの?」
「…あ、うん」

最初に口を開いたのは母だった。質問に遅れながらも答えると矢継ぎ早に更なる質問を投げかけられる。「言葉、覚えるの大変だったんじゃない?」「あー…まぁ、うん…」とりあえずそういう問題は何とかして切り抜けられたけどね。獄寺くんや、弐織さんに教えてもらったし。

「そう、それは良かった」
「そういえばこっちで今まで通ってた高校には何て言ったの?」
「え?ああ…なんて言ったかしら…とりあえず転校手続きはしたのよちゃんと」

うふふと笑う母にそれは当然のことだと諭したくなった。「お兄ちゃんがね、それはもう大変だったんだから」母曰く私が突然居なくなった(という形)になったので大騒ぎになったそうだ。勿論兄だけが騒いでたらしいけど。それを妹が諭す形になってたそうな。「あまり騒ぎ立てたりしないところは、お姉ちゃんに似たのかしら?」「…ははは」あれ、これは喜んでいいところなのだろうか。思わず引きつり笑いになったけど。というか、本当は血なんてものは全く繋がっていない赤の他人なのだから、似るわけも無く。っていう話は何となく今はするべきではないと感じたので心の中だけの、戸惑いにしておく。そして私がそのまま引きつり笑いから苦笑に転換させている間に父が初めて口を開いた。

「すまない」

の四文字だけ。絶句。一瞬何が?と聞きたくなるような、発言。腕を組んだ状態から、テーブルの上で拳を作って、握り締める力が強いのか、手は震えていた。心なしか言葉も震えていたような、「……本当は、あんな形でお前に、あちらの世界を知ってもらう予定ではなかったんだ」重々しく吐かれた言葉が胸を刺す。一瞬、だけ。「(やっぱり沢田くんに付き合ってもらうべきだった…)」と一人で話を聞こうと決心したことを後悔した。だけれどこれは私自身の問題であって沢田くんが首を突っ込んで良いような事柄でもない。居て欲しいと思うのは、きっと。私の弱さ故。あとは、その他諸々の感情か。

「あと少し、せめてあと数年くらいは、お前には、此処で、生活をして、普通に暮らして欲しかった。もう少し経ってから、お前自身の生い立ちと家族のこと、ファミリーのこと、マフィアの息衝く世界のこと、そしてこれからのこと、全て総て、今お前を世話してくれている弐織貴也くんが教えるような形になってしまったが…本当は俺の、俺自身の口から、お前に話したかった。血は繋がっていなくとも…大事な娘なのだから」
「……………。」

返す言葉も無い。俯いて思いの丈を吐露した父親にどう言葉を返すべきなのか、私は迷う。というか、頭が真っ白になってしまったのだ。本当はもっと、愚痴やら、何やらを言いたかった筈なのに。本当の親ではなかったこととか、色々、言いたかった筈なのに。言葉が紡げない。
紡げないということは、もういいということ。もう良い。何故か、先の父の語りで、なんだかもう如何でも良くなったのだ。悪い方向に投げ出すんじゃない。子供みたいに不貞腐れて如何でも良いと言うんじゃなくて。先の言葉で、自分なりに、整理はできた。変な形でそれが実現されてしまったけど。ただ、そう。

「…私、元気にやってるから」

途轍もなく申し訳なさそうな、懺悔するかのような父を見て、たったの一言娘と言ってくれただけで、今は十分な気がしたから。

「そりゃいきなりでびっくりもしたし、怖くなったりしたけど、元気だよ。友達、も居るし。弐織さんはクソ真面目で厳しいし五月蝿いけど、良い人だし。何とかやっていけてるよ。だから、心配しないで」

若干強がりも含まれたけどそう言い切って、黙る。ふたたび沈黙の拡がる部屋。少し遅れて父の安堵の溜息が聞こえて。僅かに笑顔の歪む母の顔色も、戻る。私も、とりあえずは落ち着く。まだ解決されてないことが沢山あるけど。「…じゃあ、部屋に戻るね」一言言って、席を立った。



「………で、ちゃんと話は出来たのか?」
「えーと…多分?」

二階に上がり自分の部屋、ベッドに腰掛けていた沢田くんの前で首を傾げながら呟く、多分って何だよ的な目で見られた後、「…ま、お前が良いなら良いけどな」と判った様な口振りで呟かれ、沢田くんは左手でベッドを軽く叩く。隣に座れ、とでも言ってるんだろうか。試しに座ってみる。無言、だった。やけに肩と肩との間隔が狭いような気もしたけど気にしないでおく。「あ、そういえばさ」「何?」無駄に漂う雰囲気は穏やかでそれに和みながら「お父さん達と話してる時少しだけ沢田くんが居ればな、って思った」心細かったような気がして。「…ふーん」と沢田くんは無表情に。
目と目は合うことなく私と沢田くんは前を見ながら話していた。




「…そういえば、お前、気付いてるか?」


ほんの少しの静けさの後に沢田くんは何を思いついたのか、今度は私の方に視線を向けて呟いた。「…何に?」一方の私も疑問を投げかけながらも視線を合わせて沢田くんを見上げる。「お前、最初の頃程俺のお前に対する行動に抵抗しなくなったよな」「…そうだっけ」それはただ単に、一々抵抗するのも面倒臭くなっただけかと。


「それだけじゃないだろ?」
「何が言いたいの?」


自分の右手に沢田くんの左手が、重なる。今度は逆の手で肩を後ろに押されてベッドに倒れこんだ。抵抗する間もなく、左手も抑え込まれる形になる。押し倒された。「…笑えない冗談なんですけど」「笑う必要はないだろ。冗談でもないし」僅かに綻ぶ沢田くんの口元。だけど目が笑ってない。「嫌なら抵抗すれば良いだろ」「沢田くん、所詮私は女なんだからこんなことされたら男の君の力には適う筈がないと思うんだよね」「なら力抜くけど」ほら、と緩む拘束。当然の如く、これまで通り、逃亡を試みようとする。括弧頭の中だけ括弧閉じる。判りやすく言えば動かなかったのだった。確かに沢田くんは力を緩めて今ならば十分に逃げられるというのに。此処に帰ってきてから、というかさっきの両親との会話の途中辺りから。更に細かく言うとあの時に沢田くんのことを考えてしまった辺りから。

胸の鼓動が五月蝿い。顔が赤くなる。今のこの状況に大した嫌悪感を抱かなくなっている。むしろ、ドキドキする。ハラハラも若干含みながらも、ときめきの方が大きい。沢田くんを見上げるのが恥ずかしくて仕様がない。「…マジかよー」ああ本当に。どうしてだ。

「……和雲」
「………あー…もう」


指と指を絡めて、ややこしい感情のせい、


触れ合う唇。



自然と閉じた自分の目蓋が、嫌じゃないと思い知らせて。


Avvelenamento di
colore primario

(何時から捕らわれてたのやら)




あきゅろす。
無料HPエムペ!