洛陽の花弁 実存変身




まるで爆撃機が墜落したみたいな熱と炎と水蒸気の地獄の中、魔女リコリスは逆説の猫の姿を探していた。
彼女の発火魔術は、主に二段階のプロセスを踏んでいる。一に熱の感知。二に熱の加速、収束、制御などの操作だ。魔女はその熱を感知する力で、自分が焼き尽くした世界を眺めていた。
前方四百メートル、全てを切り裂くフラガラックの加護で炎と熱から逃れたバゼットを見つける。その更に五十メートル後方、一際静かな、まるで世界から切り離されたみたいに熱と炎から逃れている安全地帯を見つける。外界からの観測や干渉を遮断する完璧な盾、逆説の猫の魔術『檻』がそこにあった。
「見つけた」と、魔女は薄い笑みを浮かべる。
彼女は足下に転がったチェリーレッドのトランクを爪先でカツンと叩く。
「出てこい」
きい、と僅かに軋んだ音をたて自ら開くトランク。その中から真っ黒の影のような物が飛び出し、気違いじみた速さで魔女の回りをグルグルと回りだす。喜び、はしゃいでいる。回るという行為は、そんな印象を与えた。
「止まれ」
影が止まる。慣性を無視した現実感の無い静止。黒猫が×10の倍率で座っていた。影絵みたいに薄っぺらい質感の、二次元の猫だ。酷く現実感のない狂った倍率の猫が、普通の猫と同じ気まぐれな無邪気さで尻尾を振っていた。その仕草は体長が十メートル以上もあるこの猫には似合っておらず、不気味さを一層引き立てた。
「あの男が獲物だ。スーツ姿の女性は仲間だから、間違っても喰わないように」
魔女の、黒い手袋の右手が遙か彼方の空中を指差す。そこは逆説の猫が隠れている『檻』の場所だった。
「行け!」
焼けた大地の上を、水蒸気の霧を切り裂き黒猫が走る。滑るように、影が延びるように、獲物を刈るべく滑空する。
姿を隠すことを諦めた逆説の猫が「パリン」とガラスを砕くように現れた。彼はライフルを構え真っ直ぐ黒猫を狙っている。巨大な黒猫と魔弾の猫の一騎打ちだ。
逆説の猫が引き金を引き「ダン!」と火薬の炸裂する音で銀の魔弾が放たれる。戦車の装甲を貫通する運動エネルギーと、あらゆる魔的な物を吹き飛ばす神秘を内包した魔弾は、真っ直ぐに黒猫の心臓に飛んでいく。黒猫はその様子を嬉しそうに眺めると、自らの心臓を狙うはずだった銀の魔弾をバクンと飲み込んだ。
魔弾が効かないことを悟った逆説の猫はライフルを投げ捨てると、懐から抜いた歪な形の短刀を突き出す。聖堂教会の代行者達のため鍛えられた驚異的な神秘の伝導率を誇るそれに自らの持ちうる神秘の全てをつぎ込み『檻』を展開する助けとする。
突進する黒猫、それが突如として出現した見えない壁に阻まれて、アニメーションのキャラクターのようにペタリと潰れる。歪な短刀の神秘をブーストにして展開された、強度のみを追求した絶対不可侵の盾。逆説の猫の魔術『檻』がリコリスの魔描を押し潰し、擦り潰し、切り裂く。
逆説の猫の優勢は揺るがないと思われた。しかし、その優勢は思わぬ横槍によって崩されることになる。
「ガランガラン…」
突如として響き渡る、雷のような不吉な音。逆説の猫が音のする方に視線をうつすと、そこには青白い紫電を撒き散らし高密度の魔力と神秘の卵と化したフラガラック。そして、それを右手で掲げるバゼット・フラガ・マクレミッツが居た。
ピシリ、卵の殻がひび割れる。
ピシリ、魔剣が孵ろうとしている。
「刃を晒せ、鞘を捨てろ」
ひび割れた卵から、凶々しい呪いの刃がズブズブと孵る。その刃はバゼットの魔力を喰らい、放電しながら、本来の姿である剣の形を成した。
「鎧を貫き、呪いの傷を刻め」
宙に浮いた魔剣が、バゼットの声に従い逆説の猫に狙いを定める。
「フラガラック、切り裂け」
魔剣が光よりも早く世界を切り裂く。光の速度を超えた刃が因果率の逆転を引き起こし、絶対に逃げられない呪いとなって振り下ろされる。
太陽が落ちてきたような光の中、逆説の猫は魔剣に抗う術を持っていなかった。






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