青々とした樹海に突如として出現した、直径一キロメートルはあるだろう巨大なクレーター。そこの真ん中で黒桐鮮花はバゼットが帰ってくるのを待っていた。
「ガチャン!」と、バゼットと逆説の猫が闘う音を遠くに聞きながら、チェリーレッドのトランクに腰掛けた彼女はその傍らに眠る白い少女を見る。
柔らかそうな白い肌。退化して消えてしまった四肢。蚕の糸を思わせる、白く流れる髪。薄く閉じられた瞼と、その下で眠る空のように青い瞳。彼女の優しい恋人が手当したのだろう、丁寧に巻かれた包帯。剥がれかけたガーゼの下に見えるのは堅くなりひび割れた皮膚と、傷から滲む青色の血。
その全てが痛々しく、悲しくて、綺麗に見えた。
「ガチャン!」
遠くから金属と金属がぶつかる音が聞こえてくる。
「ガチャン!」
その音が、目の前の少女の亡骸を感傷的に見つめる優しい女を、炎の魔女に変えていく。
「ガチャン!」
近づいてくる金属音を睨みつけた黒桐鮮花はポケットから火蜥蜴の皮で作られた手袋を取り出すと、それを右手にはめ、指をピアノを弾くように動かし馴染ませる。
「ガチャン!」
一際大きく鳴った魔剣と魔弾の弾ける音。黒い皮手袋の右腕が、ゆっくりと掲げられる。
「ごめんね、ザムザ」
黒桐鮮花はもう居ない。そこに居たのは、彼岸に火焔の鮮やかさで咲き乱れる紅い花。彼岸花に例えられた炎の魔女、リコリスだった。
「アザカ、炎だ。奴をいぶりだせ!」
五百メートル先、樹海を突っ切ってクレーターに逃げ込んできたバゼットが叫ぶ。
「ガチャン!」
逆説の猫の魔弾が魔剣フラガラックに遮られ、銀の粉を撒き散らす。
「鮮花じゃありません。リコリスです」
バゼットの呼び掛けにそう言い放った魔女は、
「 S m a n i o s o! 」
『熱狂』『激昂』『荒れ狂った表情』『速く』『腹立たしい』『苛立ち』そして『憧れ』。Smaniosoの単語が意味するもの全てを『炎』という神秘に宿して世界に叩きつけた。
魔女を中心に炎がうねり渦巻き、世界を赤く舐めまわす。その炎は、彼岸花の持つ無数の花弁によく似ていた。