洛陽の花弁 実存変身




黒桐鮮花とバゼット・フラガ・マクレミッツを乗せた黒いワーゲンが、高速道路を疾走する。警察の情報網に食い込んでいた魔術協会の密偵が、黒桐幹也の情報にあった白いバンを発見した、と報告してきたのが一時間前。逆説の猫とグレゴール・ザムザを乗せたその車が向かった先には、ザムザが生まれた魔術協会の研究施設があった。
「奴ら、起源についての研究成果を研究所ごと『変身』の魔法で消し去る気だ。嗚呼、クソ!只の駆け落ちだったなら、どんなに良かったことか」
「でも、これで私たちにも大義名分ができましたよ。何の遠慮もなく、あの迷惑な恋人達をとっちめてやれます」
「アザカ、やっぱり気にしてたのか?」
「ええ、すこし。でも、もう吹っ切れました」
「それは羨ましいな。私なんか、未だ彼らに同情している」
「バゼットさん、不良ですね」
「優等生は聖杯戦争で真っ先に脱落したときに捨てている。自由になるって決めたんだ」
そう言ったバゼットは「臭いセリフだろ?」と、笑った。やっぱり彼女は私の理想形だ。黒桐鮮花は密かに思った。しなやかに生きるバゼットが羨ましかった。黒桐鮮花は言葉ばかし強がって、内面はガチガチだ。
「おい、アザカ。一足遅かったみたいだ。左の方を見てみろ」
黒桐鮮花はハンドル操作に気をつけながら促された方を見る。目に飛び込んできたのは青空を切り取ってきたような光の大群だった。
「綺麗」
夜の闇にも、厚い雲の雨にも負けない青い蝶の群れ。あの下ではグレゴール・ザムザが居て、研究施設を『変身』の魔法で消し去っているのだろう。その魔法は彼女らにとって脅威たる物であるのに関わらず、彼女はそれを美しいと感じてしまった。
「よく見ておけ。あれが万物を片っ端からエーテル体に変えていく、グレゴール・ザムザの魔法だ。」
バゼットもその青い奔流に心を奪われているようて、どこか夢見心地な表情だった。それほどまでに、その情景は幻想的だったのだ。
「急ぎましょう」
黒桐鮮花はアクセルを踏み加速する。高速道路でトップギアに入りっぱなしの黒いワーゲンは、調子の悪いクラッチをガリガリ鳴らすことなく、制限速度オーバーですっ飛んでいった。



降りしきる雨の中、目的地についた魔術士二人が目撃したのは、巨大なクレーターだった。研究所を飲み込んだ光の蝶の大群は、それでも飽き足らず、山を消し、大地を削った。すでに光の蝶は消えていたが、大気には飽和量を軽く越えた魔力が帯電している。
その全ての異常の中心であるクレーターの真ん中には、白っぽいクラゲ、または繭に似た何かが横たわっている。千切れた包帯と、長く白い髪を地面に広げ、ぐったりと四肢の無い体を投げ出している。グレゴール・ザムザだった。
バゼットは手ぶらのまま彼女に近付いていく。その後方で黒桐鮮花が、真新しい皮の、チェリーレッドのトランクを引きずるようにもって待機する。トランクの中に詰め込まれた術式で、バゼットをザムザの魔法からいつでも守れるようにするためだ。
しかしそれも杞憂に終わった。
「死んでる。先程の魔法に、自身も耐えきれなかったんだろう」
「そうですか」
それは黒桐鮮花にとって複雑な結末だった。出来るなら、生きていてほしかった。蒼崎橙子のあの人形をみてしまった今、切実にそう思っていた。
「逆説の猫は、もう逃走してるだろうな。奴は優秀な魔術士であり、兵隊だ。彼女の遺体を守なんて情緒、持ち合わせていな「ガチャン!」
バゼットのセリフは、突然発せられた衝撃音で止められた。
狙撃だった。外界からの観測と干渉を遮断する魔術『檻』で身を隠し、幾重にも魔術的守護を施した純銀弾を打ち込む。戦車の装甲を貫き、あらゆる神秘をふきとばす逆説の猫の魔弾。バゼットの右足をねらったそれは、着弾直前に『見えない何か』に切り伏せられ霧散した。
「ガチャン!」
次は黒桐鮮花のすぐ目の前で鼓膜をつんざく金属音。しかし、またもや銀の魔弾は行く手を阻まれ、銀の粉を散らしていた。黒桐鮮花の目の前には、彼女を守護するかのようにハンドボール大の球体がバチリと魔力を帯電させて浮かんでいた。
「危なかったな。フラガラックを出してなければ、今頃死んでいた」
フラガラック。復讐者、回答者の名前を持つアンサラーの魔剣。。バゼット・フラガ・マクレミッツが所有する、彼女の最大の剣がそこにあった。太陽神ルーが使ったとされるそれは、主の意志に忠実に従い、敵が剣を抜く前に全てを切り伏せ、いかなる鎧も切り裂き、その傷はけして癒えることはなかったという。その神話が今、バゼット・フラガ・マクレミッツの手によって再現されようとしていた。
「逆説の猫は私が仕留める。鮮花は流れ弾に気をつけながら、ザムザを見張っててくれ」
そう言うなりヒラリと左腕の裾をはためかせ、走り出すバゼット。バチリと魔力を帯電させたフラガラックが、その砲弾じみたスピードで彼女を追った。
残されたのは黒桐鮮花と彼女の赤いトランク、そしてグレゴール・ザムザの亡骸だけだった。



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