君の薫り、今も。
夢から醒めて、一番に感じるもの。
それは、いつだって君の薫りだった。
香水やシャンプーのような既成のものじゃなく、この世で唯一無二の──彼女しか作り出せない、特別な薫り。
僕にとって、その薫りが一日の始まりに必要不可欠なものになっていたのはいつからだったろう。
一緒に過ごした時間はさして長い訳でもないのに、永遠を共にしてきたような気さえする。
愛しくて堪らない、君の薫りと。
「…くん………キラくん?」
「…ぅ………」
「おはよう。ちょっと用があるんだけど、いい?」
マリューの落ち着いた美声に意識を覚醒させられ、目を擦る。
時計を見ると、短針は9を指していた。
今までは目覚ましなんか無くても定時に必ず目を覚ましていたのに、最近はずっとこの有り様だ。
───彼女が、宙へ行ってしまってから。
「おはようございます…マリューさん」
「あら、ごめんなさいね……起こしちゃったかしら?」
「いえ…どのみちもう起きないといけない時間ですから」
気にしないで下さい、と微笑みながら手をひらひらさせるキラを見て、マリューも微笑んだ。出会った時は少年だった彼も、いつの間にか立派な「男」に成長した。
思春期の男性なのだから当然のことではあるが、彼の場合は戦争による急激な精神の成長が更にそれを促進したのだろう────…何とも腑に落ちない話だが。
「それで、用って何ですか?」
「あ…ええ、はい、これ」
「…………?」
渡されたのは、紙袋。
キラは首を傾げた。
「ラクスさんから、貴方にって。彼女が出発して一週間くらい経ったら渡してって頼まれたのよ」
「ラクスから……!?」
一瞬にして全身の筋肉が緊張する。
彼女の名前を聞くだけで、こんなにも余裕が無くなってしまう自分が情けない。
「手紙と……これ……枕……?」
「あら……ラクスさんの枕かしら?」
訳が分からないまま、キラは入っていた手紙をゆっくりと開いた。
"───キラへ。
お元気ですか?
これまでずっと一緒に居ましたから、貴方に手紙を書くのは何だか変な感じがします。
私は大丈夫ですから、アークエンジェルをしっかり守っていて下さいね。
…私が帰った時にもし誰かが怪我をなさっていたりしたら、只じゃ済みませんわよ?
袋の中のものは、こんなもので良いのかと悩んだのですが……
昨晩、私の薫りが無いと起きれない、なんて言ってましたけど……私には自分の薫りなんて分かりませんのに、困ってしまいましたわ。
バルトフェルド隊長にお聞きしたら、これなら染み付いてるから適役だと仰いましたので…何だか変な感じもしますが、とりあえずマリューさんに渡しておきます。
その代わりキラの枕は私が持って行くことにしましたので、先ほど別の部屋のものと取り替えておきました。
気付きませんでした?
うふふっ。
……必ず帰りますから、待っていて下さいね。
離れていても、会えなくても、私は貴方を想っています。
───────ラクス "
「………………」
キラは顔を赤くしたまま黙り込んでしまった。
それを見かねたマリューはくすっと微笑んで部屋を後にする。
確かに成長はしたが──…やはり彼は少年の純粋さを失ってはいないようだ。
無論、彼女も。
そしてきっと明日からは、彼は二度と寝坊しないだろう───。
END
→後書き
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