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P4
好きの理由


どうしてこうなった
人のベッドで、我が物顔にすやすや寝息をたてている湊を睨みながら足立はため息を吐く

そろそろ寝ようかと思い始めた夜更け
非常識な時間の呼び鈴に相手を確認すればドアの向こうには湊の姿があって

(バイトで遅くなったから泊めてくれって人の家をホテルかなんかと勘違いしてない?)

たまの非番が湊の休みと被るときには時々こうやって泊まりに来ることがある
だが今日はまだ週の半ば
明日も学校があるくせにどうする気だ


「泊めてもらってる身分で人のベッド占領とか何様だよ君は…」


無防備な湊の鼻をつまんでやる
時計を見れば既に日付が変わってずいぶんと経っていた


「僕はどうやって寝ればいいわけ?」


押し退ければ足立が寝る分くらいのスペースを確保することは出来るだろう
あくまで確保レベルなのでいつものようにのびのびと手足を広げたり、思う様寝返りを打つのは少し難しい
寝ている間にベッドから落ちる可能性だってある


「湊くん」

「…ん」


何度か呼びかけていると、湊の細い睫毛が僅かに揺れる
薄く開かれた目を覗き込んで不機嫌な顔を映してやった


「とぉる、さん?」

「ぐっすりお休みのとこ悪いんだけどさ。僕が寝れないんだよね」


寝起きでぼんやりしている湊
聞いているのかいないのか鈍い反応に足立は顔に浮かべた不機嫌の色を強めてみせる


「普通押し掛けてきた人間は遠慮して床とかでしょ」

「ん…そぉ、ですね…」


退けとそれとなく促しているのだが、意図に気付いていないのか気付いていて無視しているのかはわからない


「…はい」

「……なにがどう、はい、になったわけ」


両腕を広げて待ち構える湊
退くから起こせと言うことか?
だったら自分で起きろよ
そんなことを思いながら手を伸ばしてやろうとしていた
次の湊の言葉を聞くまでは

「一緒に寝ましょう」

「………は?」

「だから一緒に寝ましょう」

「なんで」

「俺は眠いです。もう正直今から床にとか動きたくないです。で、透さんも寝たい訳ですから…一緒に寝ればいいかなって」

「嫌だよ。なんで君みたいな図体のでかいのと一緒に寝なきゃいけないわけ?狭い」

「大丈夫ですよ。寝てる間に落ちないようにぎゅーって抱き締めててあげますから」


ぐらりとした
魅力的な提案に、なんてそんな馬鹿げた理由ではない
一緒に寝て、落ちないように抱き締められる?
部屋の主は足立であって湊ではない
もちろんベッドの主も足立だ
それなのに何故招かれざる客である湊が、足立を抱き締めて【あげる】なのだ


「湊くん」

「はい?」

「今すぐ床で寝直すのと、追い出されるの。選んで」

「…なんで怒ってるんですか透さん」

「うるさいよ。勝手に押し掛けてきて、勝手に人のベッドで寝て、挙げ句一緒に寝ようとか?冗談じゃないよ」


選ばないなら追い出してやる
そう決意して湊を睨むと、首を捻りながら湊が体を起こした
どうやら床に移動を選択したらしい


「透さん」


名前を呼ばれるが、無視して空いたスペースに身をねじ込む
さっさと退けばいいのに


「透さん」


二度目
それでも無視を決め込む
早く退け


「…透さん」


耳元の声
なおも無視を決め込んでいると、髪を梳かれた


「……さっさと床で寝たら?眠いんでしょ」


返事があるまで離れないと察して、仕方なく口を開く
応えてやったんだからさっさと退けばいいのに


「俺が怒らせたんですよね」


わかってるならさっさと寝ろ
それには答えを返さない


「透さん」


また呼ばれる
髪を梳く手が休むことはない


「……僕、眠いんだけど」

「そんな眠い透さんには申し訳ないんですが」


一度言葉を切って足立が自分の方を見るのを待つ
いつまでも続きのない会話に訝しげに足立は顔だけを湊の方へ向けた


「抱き締めてもらえませんか?」

「…………は?」


苛立ちも眠気も吹っ飛んだ
目をぱちくりさせて湊を見上げると、そんな様子に薄く笑みを浮かべている


「なんか透さんを怒らせちゃったみたいなんで。このまま寝たら透さんに嫌われる夢とか見そうで怖いです」

「見れば。て言うか、好きじゃないし」

「うわ、そう言っちゃいますか」

「最初から好かれてなければ嫌われないよー。ほら問題解決」

「俺は透さんが好きです」

「…知ってるよ」

「なので、透さんに嫌われたくないです」

「好かれてなければ嫌われようもないって言ってるでしょ」

「俺のこと好きですか?」

「嫌い」

「…即答だし」

若干肩を落とす湊に、罪悪感など覚えない
こんな厚かましくて人の話を聞かないくせに、勉強が出来て人付き合いもうまくてみんなに慕われてて料理も出来るとかどこの完璧超人だ

だからこそ
好きになんかなれるわけがない


「君みたいなのが僕を好きとか言っても信憑性の欠片もないんだよね。うそっぽい」

「ひどいですね」

「だって君、学校とかじゃもてるでしょ?優しくて頭のいい日向くん、とかって」

「…透さん」


見下ろしていた湊の顔が少し距離をつめてくる
半ば覆いかぶさられているような体勢だ


「近いよ」

「近付きましたから。そんなことより透さん」


体を支えていない方の手で、また髪を梳かれる
こうやって湊に頭を撫でられるのは嫌いじゃない
外でやったら力一杯足を踏むと言ってあるので、足立の部屋くらいでしかされることはないのだが


「それ、嫉妬ですか?」

「はぁ?そんなわけないでしょ。自惚れんのもいい加減にしなよ」

「でも、そう聞こえたんですけど」

「耳腐ってるんじゃない」

「誰に好かれても、透さんが好きでいてくれなきゃ意味ないんです」

「じゃあ一生意味ないね」


冷たく言い放って体の向きを変える
これ以上会話する気はないという意思表示だ
こんな問答をしてる間にだいぶ時間が過ぎてしまった
実際眠気も飛んでしまっているが、だからと言ってこのまま問答を続けていても何の利もない


「俺が透さんを好きなのは」


言葉とともに息が耳にかかる
ほとんど時間を置かずに頬にキスされた


「………さっさと寝ろヘンタイ!!!!」


枕を叩きつけてついでに股間を蹴り上げて自分の上から無理やり湊を引き剥がす
苦悶の声が聞こえるが知ったことか
キスと一緒に聞こえた言葉だって知らない信じない

足立は頭から布団をかぶるとぎゅうっと目を閉じた

耳が熱いのは布団をかぶって暑いからだ
それ以外の理由なんてない

(あってたまるもんか…)






そのままいつしか眠ってしまったようで、起きたときにはもう湊は部屋にはいなかった
今日も学校があるのだから当然といえば当然か


「…泊めてもらった御礼もないとか、ほんと失礼なガキだよ」


自分が寝坊している事実を棚上げにしてぶつくさ言いながら、渇いた喉を潤そうと冷蔵庫を開ける
中には入れた覚えのない浅皿がきれいにラップをされて入っていた
横に貼り付けられたメモ

『おはようございます。学校があるので先に帰りますが、朝ごはん作っておきました。ご飯は冷凍庫に入れてあるのでチンしてくださいね。日向』

皿を取り出してみれば、乗っているのは形よく焼かれた卵焼き


「…と、キャベツの浅漬け…って」


確かに冷蔵庫にはこの前買ったキャベツと、これまたこの前湊が持ってきた卵の残りくらいしか入っていなかった
今朝はコンビニでパンでも買ってこようかと思っていたくらいだ


「なんだよ。コレが御礼って訳?」


ぶつぶつ独り言を呟きながら浅皿を取り出してメモをはがす
何気なく裏側を見て足立は苦笑いを浮かべた

『ごめんなさい』

表には写らないよう小さく書かれた謝罪の言葉
それと

『好きです』

同じくらい小さく書かれた告白


「ほんと、馬鹿だよね。謝るくらいなら最初からするなって話だよ…」


足立は携帯を手に取ると、短い文面のメールを作成し送付する

『許してほしかったら週末うちに来ること。手巻き寿司』

時計を見るともう少しで昼休みくらいの時間だ
きっとすぐに返事が来るだろう
その文面も簡単に予想がついて足立はくつくつと笑い声を上げた


「ほんっと、馬鹿だよね。僕なんかを好きなんだってさ。何にも知らないって怖いよね」


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湊は足立がだいすきです
足立も湊がだいすきです




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あきゅろす。
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