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TOV
料理教室




『……フレン』


ロアに声を掛けられ、少し前を歩いていたフレンは振り返って首をかしげた


「どうしたんだい」

『……頼みが、あって』


大きな声で話して他のメンバーに悟られるのが嫌なのか、少し声を潜めてロアはフレンを手招きする


「なんだい?」

『その、だ』


言い難そうに口ごもる年の割りに幼い青年に、先を促すように微笑み返せば、ぽそりとロアが小さな声で呟いた


『料理を、教えてくれ』


あたたかいやつ
火を使う料理はしたことがないから、とロアは続ける
フレンは少しだけ驚いたように目を瞬かせて、それからにっこりと微笑んだ


「僕でよければ喜んで」





一方その頃
フレンたちより少し先を進んでいたレイヴンがわずかに身を震わせていた


「どうしたおっさん」

「いや、なんか…嫌な予感が…」


気配を探るが特に魔物の気配もない
気のせいかしらね、とレイヴンはユーリにそう返した




街に入り本日の宿を定めると、夕方の食事の時間までは自由時間となった
ユーリはラピードと一緒に部屋で休んでいると言い残しさっさと姿を消してしまう
ジュディスとカロル、それにエステルは消費した雑貨を買い出しに行くと早々に宿を出て行った
リタは試したい術式があるからと街の外で実験をするらしい
パティはお宝を探すのじゃ!!と言ってふらりとどこかへ行ってしまっていた
レイヴンも天を射る矢に連絡を取ろうとすでに宿を離れている


結果、宿の入り口に残ったのはフレンとロアだけで
ちょうどいい機会だとフレンは宿の亭主に台所を借り、ロアを手招きした


「…で、どんな料理が作りたいのかな」

『ん、と…これ』


ロアがフレンの差し出した料理本をぺらぺらとめくり指をさす
さばみそのページだった


「これ?」

『ん』

「じゃあ始めようか」


まず下ごしらえ、とさばをまな板の上に乗せる
そして、力任せに包丁を叩き込む


「そ、そんな力いっぱいやらなくても切れるから!」

『骨、硬い』

「そこまでしなくても切れるよ」


かなり大雑把なロアの調理に、ひとつひとつ修正を入れながらフレンは苦笑する
前作ってくれたおすしに骨が入ってたのは、こういう理由かと納得した





薄紅に染まった石畳の上を軽い足取りでレイヴンが歩いてくる
今日はゆっくり休む予定とユーリが言っていたから、ロアをつれて夜の街で一杯やるのもいいかもしれないなと良さそうな酒場に当たりをつけている


「ん?」


宿の裏口あたりの窓の向こう
客は立ち入ることのないであろう奥側に目立つ金髪を見つけて思わず立ち止まった


「フレンちゃんじゃない」


その隣にはロアが難しい顔をして立ち尽くしている
首をかしげてそっとその窓の下に潜り込んだ
都合のよいことに窓が少し開いていて、中で交わされている会話も全てとは言えないものの大体の概要は聞き取れた


「うん、いいんじゃないかな」

『熱い』

「火傷でもした?」


フレンがロアの手を取って治癒術の詠唱を始める
それを遮ってロアはくつくつと煮えているなべを指差した


『なべ』

「…ああ。あまり煮詰まってもダメだからそろそろ火から下ろしておこうか」


ロアが文意の全てを口にしないのはこれまでの付き合いでフレンもわかってきていた
だがさすがに単語だけで全てを理解できるほどまでには至っていない


(一緒に料理ねえ。ずいぶんと懐いちゃって)


自分に対して見せた烈しい拒絶もなく、フレンはロアに受け入れられている
最初は苦手そうだったとユーリから聞いてはいるし、自分もその様子を見てはいるが、自分のそれとはどう考えても程度が違うように感じる
まあ、理由が理由だし仕方ないかもしれないなと諦めつつも少し寂しい
料理くらい、フレンに頼まなくても自分が教えてあげるのに
と言うか、味覚音痴のフレンに教わったりなどしたらあの壊滅的味覚が伝染したりしないだろうか
伝染しなくとも、何を教わっているか知らないがその料理のデフォルトの味がそれだと覚えてしまったり…とか


「でもその前に、もう少し味付けを…」

「ちょい待ちーーー!!!」


フレンの言葉を聴いた瞬間、思わず身を隠していたのも忘れて窓を全開にして半身を突っ込んでしまった


「れ、レイヴンさん!?」

「なんか事情はよくわかんないけど、おいしそうなにおいだし、おっさん味見したいわー!!」


必死に挙手しつつ申請すれば、ロアが窓から半身を乗り出しているレイヴンの頭をぎゅうぎゅうと押した


「ちょ、おにーさん、何すんのよー」

『だめ』

「いやいやいや、これは大事なのよ!」

『レイヴンだけはだめ』

「なんで!?」

『とにかくだめ』

「ちょ…ッ」


レイヴンの身体を押し出して、ロアが窓を閉める。ご丁寧に鍵までかけて
窓枠を鳴らして鍵を開けるよう言い聞かせても、ロアはふるふると首を振って応じようとしない


(俺だけだめって、どういう訳よ!)


窓からがだめなら正面から突入するしかない
レイヴンはくるりと身を翻すと、フレンのもう一味が実行される前にと宿の入り口に飛び込んだ


「おっさんだけ仲間はずれにしようたってそうはいかないわよーー!」


台所の入り口からそう叫ぶと、視界の端から刃物のきらめきが迫る


「どわっ!?」


紙一重でそれを避けると、攻撃をしてきた相手を見てさらに驚愕した


「おにーさん?」

『だめ』

「何でだめなのかも聞きたいけど、包丁はないんじゃない、包丁は!!」

『レイヴンがいうこと聞かない』

「ロアもおっさんのいうこと聞いてくれてないわよね、今!」


もう一回と振り上げられた腕を押さえるが、いかんせんロアのほうが体格がいいためかなり辛い
と言うより、包丁を向けられるってどんな修羅場だ
ロアに殺意がないのがせめてもの救いだが、牽制に包丁を持ち出してくるのはやりすぎだろう


「と・に・か・く! いいからおっさんに味見を…!」

『だめ』

「なんでそんなにいうこと聞かないの!」


じりじりと本気でにらみ合う二人に、フレンは割って入ることもできず仕方なく少し煮詰まってきたなべに目を向けた
最後の仕上げは自分がやって、後で教えてあげればいいだろうか
そんなことを考え、調味料のビンに手をかける


「おにーさん!!」

『レイヴンだけはだめ』

「あんまり聞き分けないと、おっさん本気で怒るわよ!?」

『……ッ』


一瞬ひるんだ隙を突いて、つかんでいた腕から包丁を奪い去った
とりあえずの危機は去った。次はフレンの料理の最後のアレンジを…とそちらを見遣る


「フレンちゃん、ストーーーップ!!!」

「え、あ。はい」


傾けようとしていたビンを戻してフレンがおとなしくレイヴンを振り返った


「なに作ってるの?」

「ロアがさばみその作り方を教えて欲しいといったので…」

「…だったら、おにーさんが作った料理にフレンちゃんが味付けちゃだめでしょーよ」


ロアがちゃんと最後までやらなきゃ
そう諭せば、フレンは素直に頷いた


「そうですね…。ロア、後はこれを入れて…」

「フレンちゃん、それ、酢よね? さばみそに酢は使わないと思うんだけど」

「ええ、隠し味に」

「使うなんて聞いたことないわねえ。少なくともおっさんは酢の入ったさばみそは好きじゃないわ」


フレンが差し出していた酢を受け取ると、ロアはそのまま調味料棚に戻す
そしてすぐに火を止めてしまう


「あれ、ロア。いいのかい?」

『ん。酢はなしでいい』


入れたほうがおいしいんだと思うけど、というフレンの言葉を無視してロアは出来立ての料理を皿に盛り付けていった
みそのいいにおいが鼻腔をくすぐる


(よかった…惨事は防げたみたいねえ…)


ほっと胸を撫で下ろし、レイヴンがこれ以上邪魔をしても仕方ないと台所を後にしようとすると、羽織の裾を小さく引かれた


「?」

『レイヴン、やる』

「……おっさんに味見はさせてくれないんじゃなかったの?」

『ん。味見じゃなくて、全部やる』


味は自分で見たから大丈夫
そう言ってレイヴンに皿を押し付けると、ロアは使ったなべやまな板の洗浄に取り掛かる
行儀悪く指で料理をつまんで口に入れると、程よい濃さの味が中まで染み込んでいてとてもおいしかった


「おにーさん」

『ん』

「洗い物終わったら一緒に食べない? 一人で食べるの寂しいし」

『…ん』


返事が返ってきたのを確認して、レイヴンは割り当てられた部屋に向かう
ロアが初めて作った温かい料理
味見はだめで、出来上がったものはくれると言う


(ほんと、傍から見る分にはわかりにくい子だわ)


部屋に備え付けの卓の上に皿を置くと、ベッドに腰を下ろす
やがて入ってくるだろうロアをどうやって驚かしてやろうかとレイヴンは扉を見つめながらくすくすと笑った



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おっさんが好きな料理なので、ロアはさばみそをチョイスしたのです
味見をさせなかったのは、中途半端な状態のものを食べてもらいたくなかったのです

補足(笑)








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