アネモネ 4 *** 「ねぇ、エナちゃん。アーネちゃんに何聞いて、あんな話になったの?」 エナが駆け寄って早々、待ちきれずにジストが問う。その表情は今すぐに聞き出したい様子で、鬱陶しいほどの笑顔を向ける。全てを知りたそうなこの表情は、エナにとって苦手の他何にでもなかった。 何も答えず黙っていると、ジストが鬱陶しいほどかまってくる。これだからコイツは……とも思いつつ、はぁ……と大きくため息をつき、諦めたエナは、アーネに貰ったアネモネの花を彼の目の前に差し出した。 ブーケの花の話。と、答える。 「アネモネだね。でも、エナちゃんにはもっと違う花が似合うと思うよ」 そんなことは聞いてない。 やっぱり真っ赤な薔薇とかさ、と、ジストの話はエナの答えに構わず続く。 だから聞いてない。 「アネモネの花言葉はさっき聞いたよね?エナちゃん」 艶めいた唇に人差し指を当てる、妖美な色気をちらつかせる仕草。それは明らかに何かをたくらんでいる姿だった。 しかし、そんな挑発にも取れる仕草に構っている暇など、エナにはない。 「ジストさんにぴったりだね。なんてったって、ジストさんの恋は、はかない恋だからね」 何故その話を知っているのか。その話は彼が迎えに来る少し前にアーネと話していた内容だ。ジストが知っているのはおかしい。知っているということは盗み聞きしていたのだろう。趣味が悪い。 まるで薔薇の茨のようにしつこく、チクチクと刺し攻める言葉は誰に対して言っているのか。わざとらしいその言葉が鬱陶しくてたまらない。 ――あぁ……今日は何て日なのだろう。 「勝手に言っとけば」 生憎だが、その言葉を気にする暇を持ち合わせていない。今は考えることがたくさんある。まずは移動経路を確認して、移動の手段を考えなければいけない。 期待なあまり心臓が高鳴る音が止まらなかった。 そんな時だった。 「うひゃ!?」 思わず変な声をあげてしまった。 背中に感じる温もり。細い首元に絡みつく長い腕が熱い。 「勝手に言っとけば≠チて言うのは、否定しないってことでいいの?」 耳元で問いかけるジストの吐息が耳にかかる。 どくん、どくん、と胸の高鳴りが止まらない。さっきの期待の高鳴りとはケタが違うくらい、心臓が飛び跳ねた。 身体中の思考回路が完全に狂ってしまったのか、手も、足も、目さえも動かすことができない。 そんな状態のエナに更に追い討ちをかける。 「ねえ、エナちゃん。俺は本気だったりするけど?」 その熱い言葉がスイッチとなった。 「調子に……のるな!」 首元に絡みついた手を、指を食い込ませるように強く掴んで、ジストを投げ飛ばしていた。その、小柄な身体で。 条件反射……いや、拒絶反応だったのだろうか。彼が強制的に目に映った最後の景色は青空だった。 思い切り投げ飛ばしたエナは、まるでひと仕事終えたかのように手を払う。 取り乱してしまったのが恥ずかしかったのか、鬱陶しいくらいの甘い言葉に反応してしまったのか……どちらが理由なのかわからないが、ゴホンと咳払いをするその表情は赤く染まっていた。 そんなことは置いといて、と呟いた後、大きく深呼吸をみっつ繰り返すと、改めたようにいつもの表情をジストに見せた。 「あい、びりーぶ、あんど、うぇいてぃんぐ、ゆー」 「……はい?」 いつものように、自信有りげな堂々とした発言だった。 ……だったのだが、慣れない言葉の発音のせいか、片言のように聞こえる。 「二度は言わない」 「いや、エナちゃん?」 「目的地決まったから行くよ」 まるで、言ってやったというような表情。 さっきのことを、最初から無かったものにしていた。 理解はしてるが、整理ができない。 苦笑いをするジストにエナはアーネ貰った一輪のアネモネの花を差し出した。 「……あたし。気は長いほうだから」 ――いつか本当を、全部を、見せてくれること。 白い歯を見せる、意地悪な笑顔を振り返って見せた。頬をほんの少し赤らめたその表情で。 振り返り、エナは前を向いて歩き始めた。 「I believe and waiting you――貴方を信じて待つ、か」 繰り返す様にジストは呟いた。情報を収集する能力には長けていた。曖昧な発音も、語学も、ある程度は理解できた。アーネが最後に話していた話はこれのことだったのだと理解した。 アネモネの花言葉のひとつ、貴方を信じて待つ。 エナはきっと全てを理解してないのだろう。 アネモネの花はいつか必ず訪れる幸せを願いながら、花を咲かせて待っている。 ――その小さな身の、最期の花びらが舞い落ちるまで。 エナちゃんが、その言葉の本当の意味に気づいてくれるその日まで、俺もずっと、待つよ。……だから―― 「俺を信じて待っていて」 一輪のアネモネの花を揺らし、腰のベルトに挟み込んだ。大切なエナからのプレゼントを。 エナの隣に並ぶジスト。 「エナちゃん、次の目的地は?」 「東の最果て……アルジェント!」 澄んだ青空にふたつ、大きな鐘の音が響き渡る。 それは彼女と、彼の結婚を祝福する鐘の音だった。 [*Back][Next#] |