ダブルクロス2
夜の散歩道(トキタマ/アンソロ参加作品)
この季節、いくら日が長いといっても夜の8時には日が沈む。
今日の任務を終え、ミーティングルームで一息ついたタマキが時計を見ると時刻は午後10時。
地下なので分からないが、外はもう真っ暗だろう。
先程解散したので、今残っているのはタマキとトキオ、それと書類を整理しているキヨタカだけだ。
何処を見るでもなく視線をさ迷わせていると、急に肩に重みがかかった。
「ターマキ、良い子で待ってたか?」
首だけで振り返ると、後ろから抱きつく様にしてトキオが覆い被さっている。
「おい、子供扱いすんなって言ってるだろ!それと重い!!」
「つれないなー、折角今日の夕飯はオムライスにしてやろうと思ったのに」
「な・・・!べ、別にそんなの・・・っ」
嬉しくない、と言おうとして言葉に詰まった。
「・・・・ちょっとだけだぞ」
「お前ってほんと可愛いヤツだよなぁ・・・」
ニヤニヤしながら頭を撫でてくる。
本気で蹴りをお見舞いしてやろうかと思ったところで背後から声が掛けられた。
「そこの二人、いちゃつくなら外でやってくれないか。特にトキオ、襲うぞ?」
黙々と書類整理をしていたキヨタカだ。
二コリと笑いながらさらりと恐ろしい事を口にしている。
「いちゃついてないですっ!」
「すいませんすいません、もう行きますって。な、タマキ」
「お前がココで騒ぐと隊長に迷惑がかかるからな。隊長、騒がしくしてすいませんでした」
「いや、タマキは気にするな。また明日な」
ぺこりと頭を下げて挨拶すると笑みを返してくれた。
そのままトキオと二人で上に上がる。
5階に直行しようとしたところでトキオから待ったが掛かった。
「なぁ、タマキ、ちょっと付き合ってよ」
「は?」
「ちょっとだけだからさ、良いだろ?」
一体なんだというのだろう。
訝しげに見つめるタマキの視線をするりとかわし、腕を掴んで外へと連れ出すトキオ。
もともと足が長いトキオが遠慮なしに歩くものだからタマキは軽く小走りだ。
「お、おい!何処行くんだよ!?」
「何処って、いいところ?」
10分後――
「はーい、到着〜」
そう言ってトキオが足を止めたのは高架線下の遊歩道。
遊歩道と言っても立派なものではなく、高架線の下の僅かなスペースにタイルを敷いて作った道の脇に高めの木が植えてあるだけのものだ。
遠くには街のネオンで明るい空を背景に、高層ビルが立ち並んでいる。
点々と設置された電灯が歩道に光の輪を投げかけている様は何処か幻想的だ。
「・・・ここって」
「俺がこっち来てすぐの頃に見つけたんだ」
ね、いいトコでしょ、と笑うトキオに毒気を抜かれて押し黙る。
ひんやりとした夜風が頬を掠め、草木を揺らした。
「なんで俺を連れて来たんだよ?」
「んー、たまにはゆっくり話でもしたいなって思ったからさ」
相変わらずの飄々とした態度で言葉を紡ぐトキオ。
タマキを見て軽く笑うと、手を伸ばして頭をわしゃわしゃとと撫でてくる。
「そんな疑いの目で見られるとお兄さん傷ついちゃうんだけど?」
「嘘つけ!と言うか頭撫でるな!」
笑顔でそう言うトキオはとてもじゃないが傷ついているようには見えない。
ベシッと手をはたき落してそっぽを向いた。
「ごめんごめん、拗ねんなって。ホラ、あっちにベンチあるから座ろう、な?」
確かに少し先に公園にある様なベンチが見える。
タマキもいい加減足が疲れてきたので、大人しくトキオに従った。
ベンチに座ると、そのすぐ隣にトキオが腰かける。
狭いベンチだけに距離が近い。
トキオの部屋に置いてあった香水と同じ、いい匂いが鼻をくすぐった。
ふと気になって訊ねてみる。
「それ・・なんて香水なんだ?」
「コレ?何だったかな・・・、タマキはこの香り、好き?」
嘘をつく理由もないので素直に頷く。
すると、それを見たトキオがニヤリと笑い、タマキを引き寄せた。
「わっ・・・」
タマキより肩幅の広いトキオにすっぽりと抱きこまれてしまう。
同時に、先程よりも強く感じる香水の匂い。
徐々に顔に熱が集まっていくのを感じる。
なんとか押し返そうと腕に力を込めるが体格の差か、ビクともしない。
「ト、トキオ!!離せよ!」
「・・・・」
「おいってば!!」
背中をバシバシと叩くが、一向に離される気配はない。
耳元で笑う気配がしたと思うと、首筋に顔を埋めて来た。
くすぐったさに身を捩っていると、不意に低い声が鼓膜を震わす。
「俺はタマキの方がいい匂いだと思うけど」
吐息が耳にかかって肩が揺れた。
「ト・・キオ・・」
「ほんと・・・・・・お前じゃなければ・・・良かったのにな」
「え・・・?」
小さく呟かれた言葉の意味がわからずに混乱していると、腕が解かれて身体が解放された。
先程の言葉の真意を探ろうとトキオの顔を覗きこむと、見たことのない表情をしている。
コバルトブルーの瞳の奥に、一瞬チラついた昏い影。
だがそれも瞬きをする程の間に消え、後に残ったのは何処までも深く澄んだ青。
微かに揺らぐ電灯の光に照らされ、まるで海の底から見る空の様だと思った。
「トキオ、お前 ―――」
「さて、そろそろ帰るとしますか!」
発しかけた言葉は、予想外に明るい声によって遮られる。
それまでの張りつめた空気が嘘の様に笑って立ち上がった。
「ちょ・・待てって!」
「これ以上遅くなるとオムライス作れなくなるぞー?」
「なっ、そ、それは・・・ッ!!」
「っくく、全く・・・やっぱ可愛いよなぁ、タマキは」
肩を震わせながらトキオがタマキの手を取る。
そしてそのまま歩き出した。
すっかりトキオのペースに巻き込まれ、何を言おうとしていたのかわからなくなってしまった。
「トキオっ、この手はなんだよ!」
「まーまー、細かい事は気にしない気にしない」
この様子だとバンプアップに着くまで離す気はなさそうだ。
タマキは鼻歌を歌いながら前を歩くトキオに思わず溜息をついた。
お前じゃなければ良かった―――
監視対象が。
一緒に暮らすのが。
ここにいるのが。
好きに・・・・なったのが。
そうだったら、無理矢理にでも奪ってしまうのに―――
自嘲するように浮かんだ笑みは、夜の闇に紛れて消えた。
夜の散歩道
(暗闇の中を歩くのは、俺だけで十分だ)
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