[通常モード] [URL送信]
二人の『さくら』 04*by voiceless
二人の『さくら』 04


冷たく見上げる青い右目と反対に愛おしむように見る緑の左目。

「さっきはどうも」
「どういたしまして」

俺がぶっきらぼうに頭を下げると南は笑った。
くすくすと笑うその顔に不覚にも、ときめいてしまったのは言うまでもない。
憎いのに完全に憎めない自分が嫌で、眉間に皺を寄せた。

「名前……聞いてなかったよね?」

改まって聞かれると言いづらい。
初めて会った時、色の違う瞳に愛おしさを見た。
儚くて、今にも消えそうな印象を持った南を自分のものにして、どこか誰の目にも触れない場所に閉じ込めてしまいたかった。

「あー、小西 朔羅」

俺は眉間に皺を寄せた。
なぜなら南が俺の名前を聞いて、反応を示したからだ。
特別珍しい名前ではなく、どこにでもいそうな小西 朔羅という名前。
何か知っていなければ、気にせずに聞き流すような名前。

「えっ、あ……僕は……」
「南 咲羅だろ?さっき言ってた」
「そうだったね」

憎い名前を口にして、俺の心はわずかに揺れた。
奪ってしまいたいくらい憎いのに完全に憎みきれない自分がいて、嫌になる。
ゆるやかに締め付けて、苦しめるように南の笑顔は愛おしさを大きくする。

「朔羅、咲羅……俺は先に教室行ってるから」

気をきかせたのか、志乃は俺たち二人を残して先に行った。
取り残された俺たちは会話もなく、ただ教室への道をゆっくりと歩いていく。
何人かいた生徒たちはいつの間にかいなくなり、余計に静けさが増した。

「南は志乃が嫌いなののか?」

最初にその沈黙を破ったのは、俺だ。
志乃が嫌いかと問えば、無表情に見せても南の瞳は悲しそうな色に染まる。
志乃が嫌いか好きかと問われれば、皆声を合わせて好きと答えるだろう。
だが、南は他の奴らとは違う気がする。


「……ぃ……」
「ん?」
「……嫌いだよ、大っ嫌い……」

泣きそうな顔をした南が言った。
嫌いだと言うのに、苦痛に顔を歪めて、何もかもを押し殺しているようだった。
まるで、大切なものを自ら遠ざけたとでも言うかのように。
愛おしむようにけれど、強く誓ったように南はただ一点を見つめていた。

「それでも……小さい頃は親友だったんだけどね……」

押し殺したようなその言葉に言いようのない悲しみが重なる。
大切だから守りたいのだろう。
何から守りたいのかなど、自分自身と同じような境遇だからわかる。
自分が相手を傷つけてしまわぬように、そして相手が自分を傷つけぬように守りたいのだと。

「何か訳があるんだろ?また親友に戻れるんじゃないか?」

自然と出た言葉。
憎い相手がどうなろうと俺には関係ないはずなのに放っておけなかった。
以前の俺なら、話を聞くことさえしなかったはずだ。
なぜか南のことは聞きたかった。
こんな感情を抱くこと自体、本来なら許されないはずなのに。

「志乃はお人好しだからね……」
「南も案外、お人好しなんじゃね?」

確かに志乃はお人好しだ。
でも、それ以上に南はお人好しだと思う。
自分といるべきではないと思ったから志乃から離れて、その決意が揺るがないように精一杯背伸びして。
そんな南が輝いて見えた。

「僕は汚い奴だよ」

そこにある南は偽りの姿のように思えて、綺麗な姿を醜い姿で覆っているようにしか思えなかった。
純粋で、自分を犠牲にすることでしか相手を守る術を持たない優しい奴。
憎い心とは裏腹に手に入れたいという歪んだ心が埋め尽くす。

「ばーか、自分を汚いって言える奴は綺麗なんだよ」

その言葉は、本心から。
南が汚いのなら、俺はもっと汚いから。
南の持っているものはすべて俺にはもう手に入らないものだから、それを壊したいと心から望んだ。
俺は人の道を踏み外して、南から幸せを奪うと決めたのだ。

「ありがと……」
「俺は何もしてないけど?」
「そんなことないよ」

照れたように頬を赤く染めて、南は微笑んだ。
南、お前はまだ知らない。
いや、これから先も知らなくていい。
俺がこれからお前にしようとしていることを。
今日この日から復讐の始まりだ。
手持ちの駒は、ひとつ。
必ずお前の幸せを奪い取ってやるよ。



BACK/NEXT







あきゅろす。
無料HPエムペ!