雨降って地固まる 18
彼の第一印象は、笑っているようで笑えてなくて可哀想だと思った。
確か余興でヴァイオリンを弾くってさっき言われていた奴と同じ名前だったはず。
「君、見ない顔だけど……編入生?」
側にいるクラスメイトを無視して、彼は俺に話しかける。
頼むから俺に構わないでくれ、そんなことを目で訴えたとしても無駄だということはわかっている。
生徒たちは、心理的に追い詰めるのが好きみたいだから。
「俺は小西 朔羅(さくら)、よろしく」
「白雪 姫乃です」
俺は差し出された手を握らなかった。
初めから俺は小西と仲良くする気がない。
差し出した手を握ってもらえずに小西はゆっくりとその手を下ろした。
「友達には……なってくれそうにないな」
「何考えてるのかわからないから嫌」
そうやって笑顔でいても、心の中では誰かわ蔑んでいるかもしれない。
志乃と同じ色の瞳には何も映してなくて、俺が蔑まれているような気がして悲しい。
俺は片割れに拒絶されたら、生きていけない。
「サク、朝からどうしたんです?」
記憶の中で何かに引っかかる綺麗な声が耳に届いた。
さっきよりも教室の空気が重くなったのを感じた。
青と緑のオッドアイが悲しみと憎しみを孕んだ複雑な瞳で作り笑いを浮かべながら、さらさらと靡く栗色の髪を揺らして小西を見上げた。
小西も先程とは全く違う瞳で、無理矢理作り笑い。
「編入生と友達になろうと思ったら断られた」
「サクが強引に言ったんじゃないですか?はじめま……」
作り笑いをしていた綺麗な顔が、俺を見て驚愕に変わった。
何で、とかそういう目で俺を見ている。
「……久しぶり、かな?」
そう言われても俺はまったく見覚えがない。
正直、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
こんなに綺麗な色の瞳を俺が忘れるはずがないのに。
「と言ってもかなり前のことだから覚えてないでしょうね」
「え?」
「あの後、僕のピアノ聴いてくれましたか?」
いまだに言っていることが理解できなくて、俺は眉間に皺を寄せた。
でも、記憶に引っかかるってことは過去に知り合っているということだ。
どこで、いつ、俺と知り合ったんだ。
「君は白雪 姫乃、でしょ?僕は南 咲羅(みなみ さくら)」
覚えてないかな、そう言って悲しそうに歪む顔。
何度、記憶の糸を手繰り寄せてもその名前に聞き覚えがなくて、首を傾げた。
「僕が最後に出たコンサートのチケット、貰ってくれたじゃないですか」
「もしかして……あの時の志乃の友達?」
「そうなりますね、今は違いますが」
「え?」
俺はやっと、いつ、どこで南と会ったのか思い出した。
しかし、南の言い方がどうにも引っかかる。
今は違う、それは今はもう友達ではないということなのだろうか。
何が原因で友達じゃなくなったのかは知らないが、きっと修復できないところまでいってしまったのかもしれない。
「そう言えば、昔と髪も瞳の色も違っ」
「今も昔も同じですっ」
南の言いたいことがわかってしまった俺は、慌てて南の口を手で塞いだ。
クラスメイトがいるところでバラされたら、何が起こるかわからない。
今でさえ嫌われているのにますます嫌われるなど決して笑える話ではない。
「その話は二度としないで下さい」
「ん、わかりました」
ほんのり頬を赤く染めた南が、俺を見つめた。
そんな南を隠すように俺と南の間に小西が割り込んできた。
小西は強い視線で俺を射ぬくと南の腕を引いた。
「咲羅、もう行こう」
「え?でも、話が……」
「会長に呼ばれてただろ」
まだ何か言いたそうな南を無理矢理小西は連れて行った。
悲しみと憎しみを抱いたままの傷ついた心がいつか癒されるように祈りながら、その背中を俺はただ見つめることしかできなかった。
「あー、小西君行っちゃった」
クラスメイトたちが、落胆の声を口々にあげた。
それも束の間、嫌な視線が俺の全身に纏わりつくように浴びせられた。
「お前さぁ、よく平気な顔して教室来れるよね?」
周りをクラスメイトたちに囲まれて、俺には逃げ場なんてなかった。
これがイジメなんだ。
最近、やっと理解できた気がする。
俺だけなら俺が堪えればいいんだから、ずっと我慢する。
だって、俺にはそれしかできないから。
「志乃様が可哀想だよ、こんな奴と双子なんてさ」
「お前なんかが白雪家にいる事態、おかしいんだよ」
俺なんかが志乃の双子なんて誰もは認めてはくれない。
俺はどこにいたって意味がなくて、志乃がいなければ何もできない、ただの餓鬼だ。
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