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05
雨降って地固まる 05


俺は一刻も早くこの場からいなくなりたくて、無理矢理笑った。

「話は今度でもいい?」
「いつでもいいよ……それより本当に大丈夫?まだ顔色良くない」
「大丈夫、大丈夫」

俺は恭夜先輩に強く抱きすくめられたまま、そっと息を吐いた。
目敏い恭夜先輩はそんな俺を見逃すはずもなく、真っ直ぐに見つめられると俺は堪えられなくて少し目を逸らした。
顎を掴まれて無理矢理に恭夜先輩の方に向かされる。
何かと思えば、急に姫抱きにされた。

「せ、んぱい……?」

何度されても慣れないその行為に頬に熱が集まるのを感じた。
膝の上に座らされたり、姫抱きされたり、キスされたり、嫌いじゃないけど恥ずかしい。
恭夜先輩に触れられるだけで胸が高鳴る。
逆を言えば、恭夜先輩以外の人に触られても何ともない。

「顔色が悪いな、俺も戻る」
「頼みます……姫乃は何でも一人で溜め込む癖があるんで」
「あぁ」

俺の双子の片割れは、本当は何もかもお見通しなのかもしれない。
人を本気で愛せないことや、ずっと捜し求めている人のことを。
いつか自分の口であの人のことを話したいと思っている。
誰がどう思おうと片割れにはわかってもらいたい。
それにいつまでも志乃に隠し続けることはできないだろうから。

「志乃、ごめんね……」

恭夜先輩に抱きかかえられている状態で俺は小さく謝罪した。
さすがに目を合わせるまでの勇気はなく、逸らした目からは涙が溢れてきた。
大事な人に隠し事をしていることに罪悪感が膨らみ、志乃だけでなく恭夜先輩も騙しているようで心が痛くなった。
思っていた以上に数秒差で生まれた兄は傷ついているに違いない。
それでも志乃は笑顔しか見せない。
まるで、話してくれるのはまだいいと言っているようで許された気がした。
ただひとり俺にとっての絶対的な存在に。

「志乃、今日はもう上がっていいと伝えといてくれ」
「わかりました」

俺を抱きかかえた恭夜先輩は、生徒会室をあとにした。
静かな廊下に恭夜先輩ひとり分の足音が響く。
会話などはなく、沈黙だけが続く。
授業中で廊下を歩く生徒がいないのも手伝って、静寂が辺りを支配していた。
涙で顔を濡らした顔を見られたくなくて、恭夜先輩の胸に顔を埋める。
優しく額にキスされて、擽ったく感じながらもどこか嬉しかった。
恭夜先輩の唇は額から瞼に下りていき、涙を拭うようなキス落とした。


「俺は姫乃のこと全部知りたい」

真剣な恭夜先輩の瞳に答えてあげたい。
全部話して、傷をほんの少しでも癒やしてほしい。
軽く合わせるだけのキスを交わし、恭夜先輩の温もりは離れていった。
温もりが恋しくて、恭夜先輩の服を握り締めた。

「俺は姫乃のためにいる」

ドアを開ける音がして、寮に戻ってきたのだと知る。
広いリビングの真ん中にあるソファーに座らされ、後ろから抱き締められた。
位置的に言うと恭夜先輩の脚の間に座らされている。
広いソファーだと言うのに密着度が高くて、これも最近では恭夜先輩にとって普通のことらしく動揺はしなくなった。
比較的に落ち着いていると脇に手を差し入れられ、体がふわりと宙に浮いた。

「にゃぁっ!」

急な行為だったから、驚いた俺は変な声を上げてしまった。
膝の間から恭夜先輩の隣に下ろされ、凭れかかるように身を預けた。
柔らかい手つきで俺の頭を撫でる恭夜先輩は、何か言いたげな顔をしていた。
しかし、何を聞くわけでもなく、ぼんやりとした時間を過ごす。

「姫乃……手、出せ」

俺は言われた通りに手を出した。
ピンク色のリボンがかかった箱がその手の平の上に置かれた。
上品な色合いのベルベット生地でできたその箱からして、中身が安物ではないことは確かだろう。

「これ、何?」
「開けてみろ」

言われるままに箱を開けた。
箱の中から現れたのは、恭夜先輩の瞳と同じ色の石が嵌められたピアスだった。
王冠を象ったそのピアスを片方だけ恭夜先輩は手に取った。
そして、俺の何も着いていない右耳のピアスホールにつけてくれた。

「今はこんなものでしか繋ぎとめておけないが、いつか心も全部奪い去ってやる」

そう言って、左耳も同様につけようとした恭夜先輩の手をとめた。
左耳は駄目だ。
あの約束がある限り、何も着けられない。
何かを着けるということはあの人に対する裏切り行為であり、俺は決してできない行為だ。

「こっちは駄目……片方は恭夜先輩がつけてて」

俺は恭夜先輩の手からピアスを奪い取り、恭夜先輩の耳朶にいくつか着いていたピアスの中から無難なものをひとつ外して着けた。



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