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03
雨降って地固まる 03


何度訪れても、特別棟の一角にあるこのカフェテラスは落ち着いている。
いつもの窓際に座り、志乃と昼食を摂りながら新入生歓迎合宿の話を詳しく聞かされた。
毎年この時期に生徒会主催で催され、場所は熱海にある姫宮所有のホテルで行われるらしい。

「で、仮装パーティーと女装コンテストがあるんだ」
「女装?」

仮装はまだしも女装って、ここ男子校だよね。
ちょっと盛り上げる企画を間違ってる気がする。
そもそもパーティーやコンテスト自体に俺は興味がない。
仮装や女装は日常になりつつあるから慣れてる。

「それで、パーティーで余興にいつも有名人を誰か呼ぶことになってる」
「お金かけてるね」
「まぁ、それなりに……ね」

金持ちの考えることは、よくわからない。
とは言っても、俺自身も金持ちの一員であるから何となく想像はつく。
パーティーを盛り上げてほしいのもあるだろうけど品定めや交遊関係などが絡んでいるのは確かだ。
俺は、歯切れの悪い返事をした志乃が次の話を切り出すのを待った。

「それで、なんだけど」
「うん」
「長くなると思うし、生徒会室で話そうか」

志乃の提案に頷き返した。
あまり長い間、カフェテラスでいると迷惑だろうし、わざわざ人気のないところに移動するのはあまり聞かれたくない話なのだろう。
昼食の残りを食べ終え、席を立った志乃の横を並んで歩く。
促されるままに特別棟の最上階へと続くエレベーターに乗り込んだ。
特別棟の最上階へ行くには、特別なカードキーをエレベーターのカードリーダーに通す必要がある。
ちなみに一般生徒のカードキーでは、エレベーターの電力がダウンするらしい。
なので、普段から生徒会役員しか近づけないようになっている。
本当は俺も出入りできるような身分ではないけれど、志乃がいるからいいらしい。
志乃は誰もが認める生徒会役員なので、もちろん出入りは自由だ。
エレベーターが最上階に着き、生徒会室へと誘導される。
招かれたそこは、想像とまったくかけ離れていた。
アンティークな家具、いくつものある扉、本棚にズラリと並ぶファイル。

「ひーちゃん、ミルクティーでもいい?」
「あ、うん」

志乃はミルクティーを入れに簡易キッチンのような部屋へと行き、俺は本棚に収まった一冊のファイルに手を伸ばした。
背表紙には、兄弟校一色学園についてと書かれたラベルが貼ってある。
何気なく、そのファイルの適当なページを開いた。
俺の目を引いたのは、一枚の写真に写された揺れる長い白髪。
後ろ姿だけど、はっきりとわかる。
見間違えるはずがない。
あの人以外に有り得ない。
これは運命なのだろうか、それとも必然なのだろうか。
あの人に繋がる手掛かりを見つけた。
俺は、あんなにも苦しんでいたのを知っていながら助けなかった。
ずっと、その背中に悲しみを一人背負っているのを知っていた。
なのに見て見ぬふりをし続けた。
あの人が、何も言わずに姿を消した。
心臓を深く抉る言葉を置いて。
これは、きっと罰なのだ。

あの人はもう俺を嫌いになったかな。
それとも、何もしない俺に絶望したのかな。

もう一度、あの人に会えるのなら俺はすべてを捧げたい。
それでもあの人がまだ悲しい思いをしているというのなら、俺は支えになりたい。
喉の奥が熱い。
息が上手くできない。
目の前にあるたった一枚の写真が、呼吸するのも困難なくらい俺を惑わせる。

あの人が生きている。

なぜ、今になって俺は見つけてしまったんだろう。
本棚にある膨大なファイルの中からたった一冊だけを手にして、適当に開いたそのページにあの人の後ろ姿が写った写真があった。
あの頃と同じ長い白髪を風に遊ばせながら、悲しそうに俺に向かって微笑むのだ。

『姫乃、君は僕自身をちゃんと見て』

あれは、今でも覚えている。
姿を消す前日、俺に言った最後の言葉。
初めてその言葉の意味に気づいたのは、最近だった。
初めて白雪という名でなく、俺自身を見てくれたあの人は悲しいくらい自分を知っていた。
俺の言葉が、どれほどあの人を傷つけたか。
そう思うと胸が押しつぶされそうになった。
息を吸っても酸素を取り入れることができなくて、浅い呼吸を何度も繰り返す。
ファイルが手から零れ落ち、立っていられなくなった俺は床に膝をついた。

「ひーちゃんっ」

陶器の割れる音と慌てて駆け寄る志乃の声が、やけに遠くで聞こえた。
視界に映るすべてがスローモーションに見えた。



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