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季節外れの編入生 17


職員室なのに床には真っ赤な絨毯が敷かれ、教員の机はきっちり片付けられている。

「丹波先生はいらっしゃいますか?」

恭夜先輩の声で、一気に視線がこちらに向けられる。
見事に教員までも男ばかりで、何人かは恭夜先輩に見惚れているようだった。
入口から程遠い席に座っている金髪の人物が、かすかに手を上げている。
あの人が、丹波先生なのだろうか。

「あれが丹波だ」

小声で恭夜先輩が俺に言うと手を引いて、丹波先生のもとに連れて行く。
丹波先生の前まで来ると恭夜先輩は、ぎゅっと握る手に力を込めてきた。
丹波先生はどこぞのホストのようで、正直こんな人が教師でいいのか疑問に思った。
でも、日向さんが雇っているのだから、それなりに能力はあるということだろう。
見た目は格好良い部類に入るだろうが、恭夜先輩には劣ると思うのはなぜだろう。

「恭夜、やっと俺のものになる気になったか」

ニヤリと笑ったその顔は女なら落とせるであろうが、相手は恭夜先輩だ。
そう簡単に落ちるような人ではない。

「ご冗談を……今日は俺の可愛い婚約者が先生のクラスに編入するので連れて来ただけです」

恭夜先輩は見せつけるように丹波先生の前に繋いだ手を上げ、作った笑顔で対応した。
丹波先生は目を丸くして、俺の顔と恭夜先輩の顔を交互に見た。

「正気か?」

それを合図に周りにいた教師たちが騒ぎ始めた。
あんな眼鏡のどこが、叶くんに相応しくない、などとどれも耳を塞ぎたくなるような罵声ばかりだった。
俺は居たたまれなくなって手を離そうとしたが、それを恭夜先輩は許してはくれなかった。

「言っておきますが、俺の大事な婚約者に何かあった場合はわかってますよね?」

一見、丁寧な口調であるが、目がまったく笑っていない。
騒いでいた教師たちは一瞬で静まり、俺を睨みつけた。
どうやら教師たちの俺の第一印象は最悪なようだ。

「恭夜……本当なのか?」
「本当ですよ、こんなに可愛い婚約者は他にいませんよ」
「頭でも打ったか?」

その一言で、恭夜先輩は作り笑顔さえやめてしまった。
まるで失望したような目で、椅子に座った丹波先生を見下ろしている。
やっぱり、俺はどこに行っても存在を認めてもらえない。
どうしても居場所がなくて、他者と比べられる。

「先生方が俺の存在をよく思っていないのはわかりますから……怒らないで下さい、ね?」

下から見上げるように恭夜先輩に言うと俺の頭を撫でてくれた。
そして、優しく安心させるように握る手に力が籠められた。
なぜか俺の胸は痛いくらい締めつけられた。

「何かあったら、すぐに俺に言え」
「はい」

俺は、恭夜先輩に相応しくない。
そんなふうに思ってしまう。
やっと見つけた温もりを捨てたくはないが、俺は臆病で卑怯だから大切な者を守る為に、俺から遠ざける。
好きになって離れられなくなる前に自分から離れないといけない。
いつかこの関係をなかったものにしなければいけない。
愛したいなんて、望んではいけなかった。

「可愛いねぇ……」

顎に手をあてて、俺の顔を見る丹波先生をまだ睨みつけている恭夜先輩。
不意に丹波先生の伸ばした手が、俺の銀フレームを奪った。
一瞬の出来事で隠すこともできず、素顔を丹波先生に見られてしまった。
すぐさま顔を隠すように恭夜先輩のシャツに鼻を押しつけたが、最早その行動はまったく意味をなさなかった。

「……セツ?」

俺のもうひとつの名を、丹波先生が口にしたことにより職員室中が騒がしくなった。
俺がセツだと聞いた瞬間、全員が顔色を変えた。
机から乗り出して見ようとする教師もいれば、席を立って近寄ってくる教師もいる。
放心状態の丹波先生の手から恭夜先輩が眼鏡を取り戻してくれ、素早くそれをかけた。

「先生……姫乃に何てことをしてくれたんですか」

気だけで人を殺せそうなくらいの殺気を出しながら、恭夜先輩は言う。
相変わらず俺の頭を撫でる手は優しいが、表情は恐ろしい。
この時、俺の中では恭夜先輩は絶対に怒らせてはいけないという定義が完成した。

「姫乃が可愛いのはわかってんだよ……でも、セツじゃねぇ」

何度か恭夜先輩と視線が合ったが、優しい瞳をしていた。
さり気なく俺を庇うように背中に隠し、できるだけ丹波先生の視界に入らないようにしてくれる。

「本当にセツじゃないんだな?」
「当たり前だ……セツは女だぞっ」
「それもそうだな……」

しばらく恭夜先輩と丹波先生は睨み合った後、結局は丹波先生が折れた。
どうやら丹波先生は押しに弱いタイプのようだ。
見た目と中身が比例していない人だとも思った。



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