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季節外れの編入生 10


しばらくして、ウェイターさんが料理を運んで来てくれた。
いくらなんでも食堂にウェイターさんは必要ない気がする。
大体、前の学校では自分で取りに行っていた。

「あ、ありがとうございます」

少し笑ってお礼を言うとウェイターさんは、かなり驚いた顔をしていた。
良くしてもらったらお礼を言うのは当然のことじゃないのだろうか。
少なくとも俺は小さい頃からそう聞かされてきた。
テーブルに運ばれてきた料理を見ると、どれも俺の好きなものばかりだった。
その中からオムライスを取り、口に運ぶ。

「で、聞くけど……ひーちゃんがキョウちゃんの婚約者ってどういうこと?」

フォークにパスタを絡めながら、葵兄が聞いてきた。
俺は口に入ったオムライスを飲み込み、恭夜先輩を見た。
俺は葵兄と茜兄の方を向いて、重い口を動かした。
相変わらず、涼しい顔をしている。

「寝てる間にここに連れて来られて、目が覚めたら日向さんがいて、それで母様と父様が来て、お前の婚約者だって言って帰って、こうなった」
「キョウちゃん、そうなの?」
「大体はな」

少し含みのある言い方に、俺は眉間に皺を寄せた。
百歩譲って婚約を認めたとしても、所詮は親同士が勝手に決めたことだ。
本気で婚約破棄しようと思えば、どうにでもなる。
恭夜先輩の顔を見れば、何か思いつめたように歪めていた。

「キョウちゃん、どういうこと?」

茜兄がとびっきり怖い笑顔を恭夜先輩に向けた。
この笑顔は返答次第で、悪魔の笑みにも天使の笑みにも変わる。
嫌そうな顔をした後、恭夜先輩は口を開いた。

「俺が生まれる前から、姫乃は俺との婚約が決まっていたらしい」
「「はぁ?何、知らなかったしっ」」

息ぴったりの双子は机を乗り出して、恭夜先輩に迫る。
それにしても、生まれた時から決まっていたのは俺も初耳だ。
となると、葵兄や茜兄にも婚約者がいる可能性があるわけだ。
もちろん、俺の双子の兄である志乃にも。
父様も母様も、やってくれるよ。

「生まれる前からって、どういうことなんですか?」
「俺の祖父と姫宮の祖母との間に交わされた約束だ」

姫宮というのは母様の旧姓で、今は母様の弟である日向さんがこの姫乃宮学園の理事長と姓を引き継いでいる。
祖母がフランス人だったことは母様から聞かされていたが、恭夜先輩の祖父と繋がりがあったことは知らなかった。
そういえば、あの時の母様と恭夜先輩の両親は、ただの顔見知りというような仲には到底思えなかった。

「約束?」
「孫を結婚させましょう、って約束だ」
「それ、本当ですか?」

恭夜先輩は黙って頷いた。
それにしても、俺の他にも孫はいるじゃないか。
俺ではなくともいいはずだ。
それに姫宮の祖母ならば、俺ではなく呉羽が妥当なのではないだろうか。

「でもさ、それって呉羽が姫宮の正統な血筋でしょ!」

葵兄も俺と同じことを思っていたのか、抗議の声を上げた。
今は父方の姓に籍を置いているのだから、姫宮の血筋で孫というのなら呉羽が一番最初に名前が挙がるはずだ。
呉羽を、三人の兄を差し置いて俺が選ばれた意味がわからない。

「何でよりにもよって、キョウちゃんなんかのところにひーちゃんをお嫁に行かせないといけないんだよ」
「小さい頃から大事にしてきたのに……後からひょっこり現れたキョウちゃんなんかに渡したくない」

茜兄と葵兄は恭夜先輩が俺の婚約者であることが不満らしく、もはや周りの声など聞こえていない。
口々に漏れる悪態に耳を塞ぎたくなった。
兄たちは、少しばかり俺や志乃に対して過保護なのだ。

「本気じゃないなら、これ以上ひーちゃんに関わらないでよ」

いつも笑顔を絶やさない茜兄が急に真剣な瞳をして言うから、俺は目が離せなくなってしまった。
その瞳の奥にある強い想いを感じた。
大切に、ずっと近くで見守ってきた瞳をしていた。

「俺は本気だ……姫乃の為なら何でもする」

俺の頬を指で撫でながら、恭夜先輩は笑みをもらした。
茜兄は、恭夜先輩の言葉に大きく溜め息を吐いた。

「キョウちゃん、ひーちゃんを大事にしなかったら許さないからね」

茶化すように言った茜兄だけど心の中では心配している。
俺のために心配をしてくれるのが嬉しかった。
その後も双子による質問攻めは続き、見兼ねた枝川先輩が止めに入ってくれたお陰で何とか抜け出すことができた。
結局、夕食を食べたのか食べてないのかよくわからないまま部屋に戻り、そのまま眠りについた。



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