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08
季節外れの編入生 08


俺は思わず目を瞑って、時が過ぎ去ってくれるのを待った。
呼ばれた恭夜先輩は俺を横抱きにしたまま、声がした方に振り向いた。

「葵に茜……どうかしたのか?」

葵と茜、どうも予感は的中してしまったようだ。
この学園にいる以上は、避けては通れない難題のひとつである。
白雪家の長男、次男の双子で俺のコンプレックスの元凶になった兄たちだ。
エレベーターが俺たちを乗せて、再び動き出す。

「どうかって……噂、本当みたいだね」

噂って何だろう。
まさか男子校生拉致とか犯罪系じゃないだろうか。
恭夜先輩ならやりかねない。
それに、今まさに俺のような状況のことを言うのではないだろうか。

「キョウちゃんが溺愛するのもわかる……って!」
「「ひーちゃん?」」

タイミングぴったりに驚きの声を上げた二人は、恭夜先輩をひたすら罵る。
可愛いひーちゃんをどうする気だ、この変態坊ちゃま野郎だとか、唇ひとつでも奪ってみろ、キョウちゃんは永遠に太陽を拝めないようにしてやるだとか。
ずいぶんと物騒な言葉が、双子の口から飛び交っている。

「お前ら、ちょっと待て」
「「何が?」」
「姫乃は俺の婚約者だから」
「「はぁぁああっ!」」

双子のこれ以上ない驚きの声が、エレベーターの中に響き渡った。
何もそこまで驚かなくてもいいのではないだろうか。
そろそろ寝ているフリも限界だろうと俺はそっと目を開ける。

「おはよう、姫乃」

気持ち悪いくらいの優しい笑みを浮かべて、恭夜先輩は俺の額に唇を当てる。
いや、ちょっと待て、それは駄目だ。
恭夜先輩の前にある同じ顔の人物が、怒りのあまり震えている。
二人とも、かなり俺のことを溺愛しちゃってるから。

「キョウちゃんっ!大事な大事な嫁入り前のひーちゃんに何するのっ」
「どうせ俺のところに来るんだから、関係ないだろ」
「大事なひーちゃんをキョウちゃんのところなんかにやらない!」

これは、突っ込みを入れるべきなのだろうか。
俺は別に嫁ぐわけじゃない。
今のところその気はまったくないし、この先だってありえない。
大体、俺が男ってことを忘れていないだろうか。

「ストッープっ!」
「「ひーちゃん?」」
「後でちゃんと話すから落ち着いて」
「「絶対だからねっ!」」

まるで言いたい放題の双子は、俺の額をハンカチで擦った。
それはそれは、皮膚が擦り剥けるくらい強く何度も。
お陰で真っ赤になったと思う。

「痛いって!」

額を擦る手を軽く払うと、双子が瞳を潤ませて俺を見る。
わかった、わかったから、そんな目で俺を見ないでくれ。
俺はそういうのに弱いんだ。

「キョウちゃんのチュウはいいのに……」
「俺たちの愛は受けとめてくれないの……」
「うっ……!」

ついには目尻に涙。
俺は一生かかっても、この双子にはかなわないと思う。
観念して、抵抗するのをやめた。
恭夜先輩に抱かれているので、恭夜先輩より少しだけ背の低い二人の頭を撫でるのは簡単なことだった。

「「ひーちゃーんっ!」」

泣きながら抱きついてくる兄たちを疎ましく思う反面、良かったと心のどこかで安心している俺がいる。
そんなこんなでいつの間にやら、エレベーターは二階で停止していた。
エレベーターを降り、相変わらず恭夜先輩に抱えられたままの俺と兄たちは食堂を目指す。

「兄より婚約者の方が格上だな」

そう俺の耳元で小さく囁かれた声は、忘れられないだろう。
俺の優先順位、どうしちゃったんだろう。
いつもは兄たちが優先的だったのに。

「あれれー?キョウちゃんにヒメちゃん、それにアオちゃんとアカちゃんだぁ」

可愛らしい声と共に姿を現したのは、さっき会った小さくて可愛い先輩と少し強面だけど実は優しい先輩だった。
確か枝川先輩と森脇先輩。

「いや、アカちゃんはやめてくださいって、美咲先輩……」
「だって、アオちゃんとお揃いにならないよ?」
「うっ……」

茜兄たちは、妙に同じものにこだわる。
二人とも同じ髪型だし、服だって絶対に同じだし、双子だから当然ながら顔も同じ。
どうして同じものにこだわるのか知らないが、当人たちがそれでいいなら気にしない。
結局、茜兄は一歩も譲る気のなかった枝川先輩に押し切られ、枝川先輩は茜兄からターゲットを俺に変えたらしい。
きらきらした瞳で俺を見ているのが、何よりの証拠だ。

「やっぱりキョウちゃんの婚約者に選ばれるだけあって可愛いね、ココロちゃん」
「あぁ……まぁ」
「「そうでしょーひーちゃん可愛いでしょー先輩わかってますねっ!」」

すっかり意気投合している人たち。
俺はといえば、まったく話についていけない。
というより、ついていきたくない。



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