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01
季節外れの編入生 01


気が付くと、そこは見知らぬ部屋だった。
なぜ俺はこんな見知らぬ部屋のソファーで寝ているのだろうか。
記憶の糸を必死で手繰り寄せてみる。
昨日は確かヨルに男だってことがバレて、嫌々ながらに撮影を終えて、ヨルから逃げるようにマネージャーが裏口に回してくれた車に乗り込んだ。
その後、俺は疲れていたせいか車の中でうとうとしてしまって、そこからの記憶がない。
何度思い出そうとしても、結局そこからの記憶がない。
もう頭の中はパニック状態だ。

「あ、起きたかな?」

俺は声がした方に首を廻らせた。
すると、声の主が右手に持ったティーセットを俺に差し出した。
亜麻色の短髪を揺らし、濃い金の瞳が俺に向けられた。
口元には、絶えず笑みを浮かべている。

「日向さ、ん」
「おはよう、ヒメ」

そう言って、また日向さんは笑みを浮かべる。
俺はおかしくなりそうな頭を抑えて、日向さんに差し出されたティーカップを受け取る。
中身は薄い茶色の液体。
匂いでそれがミルクティーであることに気づいた。
一口だけ口にすると咥内に広がる甘いミルクティーの味、ふんわりと落ち着く甘い香り。
カップをソーサーに戻し、近くの机の上に置いた。
いつの間にか向かい側に座っていた日向さんは、その様子をずっと微笑ましいものを見るような目で見ていた。

「俺の好み、覚えてくれてたんだ」
「もちろんヒメの好きなものだからね」

ミルクティーの甘い香りで、混乱していた頭が少しだけ落ち着いた気がした。
そして、もう一口ミルクティーを口に運ぶ。
日向さんは、そんな俺を変わらない笑みを浮かべて見ている。
ミルクティーで無理矢理落ち着けた俺は、ずっと考えていた疑問を日向さんに投げかけた。

「ここはどこ?」
「あれ?美里に聞いてないの?」
「……うん」

美里というのは俺の母様のことで、日向さんは母様の弟。
つまり日向さんは俺の叔父にあたる。
小さい頃は、よく遊んでもらったものだ。
しかし、母様が絡んでいると聞いただけで嫌な予感しかしない。
今までの経験上、こんな状況は前にもあった気がする。
あれ、これってデジャビュっていうのかな。

「ヒメ、ここは、私が理事長をしている姫乃宮学園だよ」
「姫乃宮……ってあの姫乃宮?」
「そう、その姫乃宮だよ」

姫乃宮学園は、俺の兄たちが通っている全寮制の男子校。
初等部から高等部までエスカレーター式で、金持ちの子息なんかが挙って入学を希望する学園だ。
そして、俺が一生のうちで二度と来たくなかったところでもある。

「で、なんで俺がここにいるの?」
「それは、ヒメが今日からここの生徒になるからだよ」
「嘘だっ!」
「本当に何も聞いてないんだね……じゃあ、このことも知らないよね……ヒメにはこ」

日向さんの言葉は、扉をノックする音で遮られた。
何度もしつこくノックされるが、日向さんは何か考え込んでいるらしく動く気配がない。
どうにかしようと俺が立ち上がった。
すると急に思い出したように立ち上がった日向さんが俺の腕を引っ張り、洗面所に閉じ込めた。

「そこにあるスプレーで髪を染めて、コンタクト用意してあるから入れて」

扉越しに日向さんが早口で言った。
広い洗面台の上にスプレー缶とコンタクトのケース、細い銀フレームの眼鏡が置いてある。
俺はいまいち自分の置かれている状況が理解できず、日向さんの言葉を拒否した。

「ヒメの為なんだ……事情は後で説明するからお願い」
「……わかった」

俺は、昔からお願いされるのに弱い。
扉から日向さんの気配が遠ざかっていって、その後に話声がする。
俺は洗面台の上に置かれたスプレーを手にすると銀の髪を黒く染め上げた。
桜色の瞳を隠すように黒いコンタクトレンズを入れ、俺は鏡を凝視する。
これが自分なのかと一瞬疑った。
そこに映るのは周りと変わらない、ずっと憧れていた自分の姿だった。
日本人特有の黒の髪と瞳。
決して本来の自分の姿が嫌なわけではないが、奇異の目で見られるのが嫌だった。
奇異の目で見られない姿になりたいと思ったこともあった。
あまりの嬉しさに俺は、日向さんに見せようと洗面所の扉を開けた。
そして、俺は扉を開けてしまったことに後悔することになる。



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