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「また一緒に」 03
「また一緒に」 03


完全に怒ってしまったであろう姫乃を見ると机の上にある手が、小刻みに揺れている。
これは、相当な逆鱗に触れてしまったと後悔した。

「……だから……」
「……ん?」
「だから嫌だって言ったのにっ」

姫乃が恭夜の顔に向けて右ストレートを放った。
寸前に恭夜はその拳を手で包み込み、まるで手を繋ぐような動作で手を下ろした。
その流れ技に俺は素直に驚いた。
相当喧嘩慣れしているか、護身術に長けているのか、そのどちらかはわからない。
未空ちゃんは、強くて、王子様みたいに俺を助けてくれる。
そんな未空ちゃんと同じようなものを恭夜から感じる。

「ヒーメ、怒っても可愛いけど怒らないで」
「やだ、許さない、キョウちゃんの馬鹿っ」

今にも泣き出しそうな顔をした姫乃が、部屋を飛び出してしまった。
それを追って俺も部屋を出た。
意外というより予想通りにも姫乃は走るのが遅いらしく、簡単に追いついた。
肩に手をかけ、強引にこちらに向かせると姫乃は泣いていた。

「あ、あのさ!」

無言のままこちらを見る姫乃の目には、涙がとめどなく溢れ出している。
俺が間違えて傷つけてしまったのだから、悪く思っている。
それでも、涙を拭う仕草や容姿は女と見間違えるほどだ。

「その……ごめんっ!」
「……へ?」

俺が深々と頭を下げると上から間抜けと言っては失礼かもしれないが、気の抜けた声が返ってきた。
悲しみよりも驚きの方が強かったのか、姫乃は唖然として俺を見上げた。
そんなに言うほど身長は変わらないが、姫乃の方が拳ひとつ分ほど小さい。

「えっと、あの、眞咲さんは悪くないですよ……キョウちゃんが悪いんです」
「いや、だってさ、間違えたのは俺だし……」
「いえっ!大体、キョウちゃんが仕事の後に無理矢理連れ出すから……」

仕事の後に無理矢理連れ出すからって、そんな女の子の格好で仕事などいかがわしいことをしているに違いない。
脂ぎった鼻息の荒いオヤジに嫌らしい手つきで触られているんじゃないかと思うと心配になってきた。
こんな可愛い弟みたいな姫乃を魔の手から救い出してあげなければ、という意味のわからない正義感が気づいたら芽生えていた。
俺は姫乃の肩を乱暴に掴むと揺さ振った。

「危ないことはすんなよっ!」
「う、うん」
「それから、いかがわしい仕事は辞めろ」
「い、いかがわしい……?」

身体を揺さ振られながら、姫乃は困ったように首を傾げた。
それでも、火がついた俺の正義感はとまることを知らず、ひたすら早口で姫乃を捲し立てた。
俺の脳内では、息の荒いオヤジに触られそうになって嫌がる姫乃が占領していた。
それはもう目の前にいる姫乃の声が聞こえないくらいに。

「とにかくそんな仕事は駄目だっ!」
「あの、モデルは駄目なんですか?」
「モデルは駄目……ってモデル?」
「はい、モデルです」

待て待て、モデルとは一体どういうことだ。
俺の想像していたいかがわしい仕事ではなく、ただのモデルということなのか。
いや、騙されないぞ。
モデルと称して、いかがわしいことを要求されているに違いない。

「あの……結構、有名だと思うんですけど……わかりませんか?」
「え?」

じっと見上げてくる姫乃を見つめた。
それはもう可愛いったらありゃしない。
一人っ子の俺にとっちゃ、妹や弟ができたみたいで嬉しい。
そんなわけで、どうもうるうるした目と小動物には弱いらしい俺は一瞬戸惑った。

「眞咲さんは、雑誌とかはあまり見ない方ですか?」
「音楽系の雑誌はよく見るかな?たまにファッション雑誌も」
「俺のこと見たことないですか?」

うるうるした目で上目遣いをされると隠れていた庇護欲を駆り立てられる。
何これ、今猛烈に目の前の生き物を抱きしめたいんですけど。
嗚呼、もし弟か妹がいたなら俺はこんな風になってたわけだ。

「“セツ”って聞いたことありますか?」
「あぁ、モデル界に舞い降りた謎の天使で有名な銀髪ゴスロリ……」

そこまで言いかけて、俺はその後に続く言葉をとめた。
だって、まさに今思い浮かべたその人が目の前にいるのだから。
まばゆいばかりの銀髪、黒を基調としたゴスロリのワンピース、桜色の瞳が揺れている。

「せ、セツっ?」

俺の裏返った声に姫乃はただ静かに頷いた。



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