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時雨の涙 16
時雨の涙 16


涙をとめられずに泣き続けた朔羅は、次の日にはまた表情を無くしてしまった。
とても子供のするような表情ではない。
無気力に無関心に全身ですべてを否定していた。

「朔羅、強くなるんだ……誰よりも」

言い聞かせるように俺は朔羅の頭を撫でながら言った。
それが朔羅にとって苦痛になろうとも、俺は朔羅を失うわけにはいかない。
すべてを投げ打ってでも、朔羅だけは守らなければいけないのだ。
それは俺が自分に科した償いなのだから。

「死にたいとか思うな……それは甘えだ」

朔羅に言い聞かせながら、同時にそれは自分自身に向けたものでもあった。
死にたいと思うことは甘えだ。
世の中が嫌になって、大事なものを見落としてしまうから。
大事なのは、その命が誰に授かったものなのか、どういう意義で存在しているのかだ。
この世の中に不要な命などひとつもない。
たとえ、それがすべてを壊すのだとしても。

「義兄さんも、深緒さんも、朔羅が生きることを望んでる……わかったか?」

朔羅は素直に頷いた。
表情こそ変わらなかったが、時間が経てばいつかは笑えるようになるだろう。
心の傷は深いだろうが、朔羅は強い。
そう簡単に心が壊れてしまうことはないだろう。

「良い子……これなら、しばらく会えなくなるけど大丈夫だな」

俺は、明日にはイギリスに行くことになっている。
デスクワークだとクロは言っていたが、それはきっと違うだろう。
きっと、また自分の手を汚す。
そして、その手で朔羅に触れる。
俺はどこまでも醜い存在でしかない。

「朔羅は自分の夢を叶えるといい」

朔羅の額に手をあてた。
脳裏に広がる無数のビジョン。
その過半数が、宝石のような美しいオッドアイの少年が常に朔羅の傍に寄り添うビジョン。
幸せそうに満たされた表情の朔羅。
左手は赤い薔薇を、右手は愛しい人と手を繋いで。
それ以上は覗き見てはいけない気がして、俺は額から手を離した。

「ねぇ、朔羅……君は将来たった一人の人を愛し愛されるよ」

だから、それまでに朔羅、君は真実を見つけて。
欠けたジグソーパズルのピースを探さないと真実は絶対に見つからないから。
君はもう知っているはずだ。
愛されることの大切さ、愛することの大切さを。
だから、今は俺に何も求めないでくれ。

「もうすぐ小西の叔母が、朔羅を引き取りに来てくれることになったから」

朔羅は眉を寄せた。
余程嫌いなのだろうか、朔羅は俯いてしまった。
沈む空色の瞳はとても寂しげだった。
いつか朔羅が笑ってくれる日はくるのだろうか。

「俺は傍にいれないけど、朔羅はずっと笑ってて」

朔羅が泣くと俺まで悲しくなるから。
ずっと笑って、俺の前だけでは弱音を吐いて、いつか運命の人に出会うその時まで。
朔羅は頷くと笑った。
純粋で眩しいくらいの綺麗な笑顔は頭から消えることはない。
朔羅のその笑顔が、俺を癒す。

「朔羅くん」

小西の叔母がこちらに近付いて来た。
もうすぐ朔羅ともお別れだ。
朔羅は俺の服の裾を離そうとせず、何も語らない瞳で俺を見ていた。
その理由が、親戚の中で朔羅が最も嫌っている人に引き取られることになったからだとわかっている。

「朔羅、大丈夫だから……いつかきっと迎えに行くから」

朔羅は黙って頷き、手を離した。
小さな背中に背負われた白いヴァイオリンケースは、高校の時から義兄さんが使っていたものだ。
いつからか、それを持っていることが少なくなったと思っていたが、朔羅が持っていたとは。
自然と頬の力が緩んだ。

「またな……元気にしてろよ?」

朔羅は、ひとつ頷くと俺に背を向けて走り出した。
小さな背中が義兄さんの大きな背中とダブって見えた。
俺には朔羅の幸せを願う資格はないけれど、朔羅は幸せになれるよ。
だけど、きっとそれ以上に俺のことを恨むだろうから。
朔羅が真実を見つけた時、俺から朔羅に会いに行こう。
それまでに俺は何を手にしているだろう。
人の未来が視えても、自分の未来だけは視れない。
俺は何かを手にすることは、できるのだろうか。





嗚呼、今日は綺麗な快晴だ。
だけど、俺の心は真っ黒な雲が覆い隠しているのだろう。
明日も、明後日も、この先ずっと、雲が晴れることはないだろう。



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