[通常モード] [URL送信]
曲名「さくら」
曲名「さくら」


俺の記憶の中のその人物と咲羅が一致した。
俺は自分のことを笑った。
十年前の片思いの相手と今は恋人か。
こんなにも近くにいたなど、思いもしなかった。
守りたいと思った人を俺のエゴで傷つけた。
今更どうしようもないことだとわかっているが、罪悪感にかられた。

「曲名は?」
「……さくら」
「さくらか……同じだな」
「何が?」

俺は引き出しから数枚の紙を取り出して、咲羅に渡した。
咲羅はこれほどにもないほど驚いた顔をして、俺を見上げてきた。
紙には、俺の詞が書かれている。
タイトルは“さくら”
俺が恋した咲羅の曲。

「これ……」
「小さい頃、作曲コンクールで聞いた曲に詞をつけた……最近、見つけて俺が新しく書き直した」
「俺の曲……?」
「当たり前だろ?俺は咲羅以外の曲に詞をつけたりしない」

咲羅は嬉しそうに笑うと紙をじっと見つめる。
何か思い詰めたような表情をして、俺を見てくる。

「サク……紙とペン貸して」

俺は咲羅の言う通りに紙とペンを渡した。
咲羅は先程の曲を口ずさみながら、紙に楽譜を書いてゆく。
それは半時間もかからないうちに仕上がり、咲羅は詞と照らし合わせながら曲の修正をしてゆく。

「できた」

そう言って、咲羅は俺に楽譜を手渡した。
綺麗に楽譜の上で奏でられる旋律。
咲羅は弾いて、と俺の腕を引っ張る。
アップライトピアノの前に座らされると楽譜を譜面台に置かれた。
一度言い出したら聞かない咲羅は、俺が弾くまでずっと待っているだろう。
俺は観念して、その曲を弾くことにした。
ピアノが優しい音を生み出す。
それに合わせて、咲羅が俺の詞を歌う。
俺の書いた詞は、憎しみあっていた二人が互いの大切さに気づき、結ばれるというものだ。
少なからず俺は、この曲に自分たちの姿を重ねたのだと思う。
曲が終わると咲羅の歌声も止んだ。

「サク、この詞……好きだな」
「俺は前からこの曲が一番好きだ」

それからニ人で笑いあって、来年の新曲はこれにしようと言って、ベットに入った。
ベットの中で、俺は咲羅の華奢な身体を背中から強く抱きしめた。

「サクって、一人でここに住んでるんでしょ?」
「あぁ」
「広いね……寂しくない?」

寂しくないと言えば、嘘になる。
こんな広い空間に一人取り残されて、寂しくないわけがない。
それでも家族で過ごしたこの家に俺は帰るしかなかった。
今は、ここに咲羅がいるから寂しくはない。

「寂しい」
「……また来てもいい?」
「咲羅なら、いつでも来ていいよ」

小柄な身体を抱き締めながら、咲羅の背中に顔を押しつけながら言った。
体温の高い咲羅はあたたかくて、気持ちが落ち着く。
俺は咲羅の手を引っ張って、カードキーを握らせた。

「何、これ?」
「カードキー、俺がいなかったら勝手に上がってていいから」
「こんなの貰えないよ!」

咲羅はこんなところだけは、すぐに遠慮する。
手渡したカードキーを返そうと俺の方に身体を向けた。

「何で?俺たち恋人でしょ?」

そう言うと咲羅は、そうだけどと小さく呟く。
柔らかい栗色の咲羅の髪を撫でて、俺は額に口付けを落とす。

「じゃあ、貰って」

しっかりと咲羅を抱き締めた。
枕元の時計は、ちょうど零時を指していた。
愛しい咲羅を腕の中に抱いて、もう一度だけ額に口付けを落とす。

「今年も咲羅だけを愛してるからね」

ゆっくりと瞼を下ろしていく咲羅に囁きかけた。



*END



BACK/TOP







あきゅろす。
無料HPエムペ!