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The first dream of the year -初夢-
The first dream of the year -初夢-


僕の幸せは、何気ない小さなことで生まれる。
朝から壱羽が僕を家まで迎えに来てくれれば幸せ。
お昼ご飯を一緒に食べる約束をしてくれれば幸せ。
一日のことを話して、家まで送ってくれれば幸せ。
何をするにも壱羽が一緒なら全部が幸せになる。
そんな風に僕という人間に壱羽は必要不可欠な存在だ。

「ユク、おいで」

優しく微笑んで手を差し出してくれる壱羽。
嬉しくて、嬉しくて、僕は壱羽の腕に自分の腕を絡ませた。
決して身長が低いわけではなく、女顔ってわけでもない。
そんな僕を好きになって、告白して、大事にしてくれる壱羽が堪らなく愛おしい。
最初の頃にはなかった気持ちが壱羽に対して芽生えていた。

「壱羽、好きだよ」
「俺も好きだよ」

優しく愛を囁くその声が、愛おしむような眼差しが、本当に好きで好きでたまらなかった。
本当に幼い頃からの長い付き合いで、互いのことを誰よりも知っていた。
そこに在ることが当たり前な空気のようで、けれどそれがなくては生きられないくらいに大切なものだった。

「迺音、何があってもお前だけを愛してる……」
「なっ!何言ってるの……っ」

突然の壱羽の真剣な告白に僕は照れて真っ赤になった顔を隠すように俯いた。
壱羽の腕に絡めていた自分の腕により一層力を込め、僕は黙った。

「俺はユクにだけは嘘吐かないよ」
「うん……知ってる」

嘘や裏切りに敏感な僕には壱羽が嘘を吐いているように思えなかったし、これからも嘘を吐いたりはしないだろう。
微塵も壱羽の気持ちに嘘は含まれていないように思う。
だからこそ僕は壱羽を誰よりも愛し、信頼した。

「ユク」

大切に愛おしそうに名前を呼ぶ壱羽の声に僕は顔を上げた。
そして、壱羽が不意を突いて僕の唇にキスをした。
優しく触れるようでいて、その実激しく奪うような口付けに僕は翻弄されていた。
大切に壊れ物のように扱われていた自覚はあったし、経験の浅い僕を気遣かってくれていたことも知っていた。
そんな壱羽から仕掛けられた突然のキスは甘く僕を溶かしていく。

「……ん……っ」
「迺音」

壱羽だけ、壱羽だけに呼ぶことを許している僕の名前。
如音も呼ばない。
誰も呼ばない壱羽だけが呼ぶ名前。
思えば、出会った頃からきっと壱羽は僕の特別だった。
ただ一人、僕に嘘を吐かない大切な人。
キスから解放された僕は酸素を取り入れようと荒く呼吸を繰り返す。
唇は離されたけれど、まだ背伸びをすれば届く位置に壱羽の唇はある。
熱を孕んだ瞳が僕を捕らえて離さない。

「……壱羽」
「愛してる……迺音だけを」

それだけで充分だった。
他に何もいらないくらいに僕の心は満たされている。
壱羽がいるだけで、僕は幸せ。
それが偽りだったとしても、一時の夢だったとしても、大切で愛おしい記憶だった。










はっと目を覚ます。
視界に入ったのは、見慣れたクリーム色がかった天井とシャンデリア。
嗚呼、そういえば白雪の屋敷に冬休みの間はお世話になるんだった。
それにしても、朝から気分は最悪だ。

「最悪……初夢があいつと付き合い始めた頃とか」

新しい年の始まりが古い終わった記憶から始まるなんて、最悪以外の何でもない。
俺とあいつの関係は、とっくの昔に終わってるんだ。
あいつのせいで家に帰れなくなったし、見た目も考え方さえも変わった。
嘘や裏切りを是とするようになった。
その結果、よかったのかもしれないし、よくなかったかもしれない。
いつか壊れてしまう偽りの世界で怯えていた俺は死んだ。
けれども、あいつとの日々は色褪せることはなかった。

「それでも……まだ胸は痛むよ」

痛いんだ。
裏切ったのが大切な人だったから。
一度も俺に嘘を吐いたことのない人だったから。
捨てられたことを自覚してしまうことが恐かった。
あいつから逃げ続けて十ヶ月。
俺は少しずつ現実を受けいれている。
でも、今だに俺はあいつのことを忘れられない。
あと一年と三ヶ月、このまま何事もなく逃げ切れればいいのに。
そうして、あいつと過ごした日々が思い出に変わればいい。
この先、俺とあいつの未来が交わることはきっとないだろうから。
この初夢が、二度と現実にならないことを俺は願う。



*END



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