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27
scapegoat *side Aine


帝が腰を抱くから、首に腕を回して深くキスをした。
夢中になって貪るように口づけていると突然ドアが開いた。

「あ」

ドアの側で声を上げたのは、会計の碓氷だった。
口を開けたまま、こちらを凝視している。
その視線に居心地の悪さを感じ、僕は帝の首に絡ませていた腕を解いた。
しばらくの沈黙の後に碓氷は唇をぱくぱくさせた。
どうやら正気に戻ったらしい。

「なぜここに……」
「過去の清算をするためだ」

きっぱり言って退けた帝は、心底邪魔そうに碓氷を睨みつけている。
帝の気持ちがわからなくもない僕だけど、今は碓氷の反応の方が気になる。
碓氷は耳を真っ赤にして、僕たちを真っ直ぐ見ている。

「お前は、もう気づいてるんじゃないのか?」
「……な、にを」
「満月が加害者だってこと」

大きく見開かれた目は、すぐに逸らされてしまった。
ばつが悪そうに碓氷は、ぎくしゃくした動きで僕たちの横を通り過ぎ、部屋の中央にあるソファーに深く腰掛けた。
膝に肘を立て、組んだ手で顔を覆い隠すように小さく俯く姿はとても苦しそうだった。

「本当は……」

搾り出したような掠れた小さな声。
碓氷は、きっと気づいてしまったのだ。
知りたくもない真実に辿り着き、誰にも言えずに一人抱え込んでいたのだろう。
可哀相で哀れな人。
最後まで知らずにいれたら、どんなに楽だっただろうに。

「本当は……終夜家のこと、知ってました」
「それって……」
「だから、満月を傷つけないこともわかってました」

僕の言葉を遮り、顔を上げた碓氷の目が真っ直ぐに僕を捕らえた。
真剣で優しい目だった。
碓氷の言っていることに嘘はない。

「何年も貴方を想い続けて、やっと諦めようとしたんです」

困ったように眉を下げて言う碓氷に僕は泣きそうになった。
ずっと、ずっと、小さな頃、帝に出会うずっと前。
僕は碓氷に出会った。
思えば、あの頃の僕はすでに将来が決まっていたのだと思う。
誰にも見られないように屋敷の離れに住まわされ、そこから外へはあまり出させてもらえなかった。
悲しくて、寂しい日々だった。
そんな日々にある日、変化が訪れる。
父上の友人が子供を連れて屋敷を訪れ、子供を庭で遊んでくるようにと一人にした。
しばらく一人で探険でもしていたのだろう、子供は僕の住む離れを偶然見つけた。
庭の奥まった場所にあるばかりか、今よりも手入れがされていない竹藪に隠れるようにあったそこに辿り着いたことが奇跡のように思う。
それから、これまたあの頃はあった離れの縁側で長い髪を梳かしていた僕に子供は言った。

『おれとけっこんしてください』

髪が長かったことで、僕を女の子と勘違いしてしまったらしい。
子供は碓氷と名乗り、僕を終夜からとってヨルと呼んだ。
ひとつ年下の碓氷は、毎日のように僕の住む屋敷の離れへと足を運んでくれた。
それがぴたりと止んだのは、出会ってから一ヶ月も経っていなかった。
そして、僕が縁側に出られる時間も決められた。
もちろん父上の仕業だと知っていた。
知っていたからこそ、僕は諦めた。

「碓氷くん、本気で言ってるの?」
「あの時から俺の気持ちは変わってません……今でも結婚したいと思ってます」
「僕は、」
「わかってます……だから、せめて俺の想いを知っていてください」

碓氷の瞳は、とても慈愛に満ちた優しいものだった。
どれほど僕を深く想ってくれているのか、痛いほど伝わってきた。
それでも、僕が碓氷の気持ちに応えることはできない。
僕は、たった一人、帝だけを愛してしまったから。

「気持ちは嬉しいよ……だけど、僕は駄目だよ」

僕のすべては帝にあげてしまったから。
きっと最低な僕より碓氷に相応しい人がいるはずだから。
愛するべき対象を間違えてはいけない。

「僕は最低最悪の親衛隊隊長なんだから」
「……そうですね」

悲しそうな瞳だったが、見なかったことにした。
嫌われることには慣れてる。
ただ好かれることには慣れていない。
だから、早く僕を忘れてくれますように。

「皇、終夜を」
「みかど!」

乱暴に開かれた扉から駆け込んできたのは、夜中だった。
ボサボサで艶のない髪、少し痩せた身体、光のない瞳。
嗚呼、彼は本当に壊れてしまったみたいだ。
それを齎したのは僕、突き放したのは帝。
許されないことかもしれないが、これでよかったのかもしれない。

「アイ!ぼくね、いいこにしてたんだよ」
「うん、満月は良い子だね」

僕の胸に抱き着く夜中の頭を撫でた。



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