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08
scapegoat *side Aine


彼に孤独を与え、彼がヨルを二度と求めないようにするために僕がいる。
それ以上でも、それ以下でもない。

「っ、やく……殺、て……」
「まだ聞きたいことがある」
「は……っ、ヨル、しょ?」
「わかってんじゃん」

夜中の手の力が少し弱くなった。
どうやら喋らせるつもりらしい。
僕は、死んだってヨルのことを話したりしない。
それが契約で、約束で、終わりなのだから。

「僕は、言わない」
「死にたいの?」
「どっちに、しても……死ぬなら、一緒でしょ?」
「はははっ、本当馬鹿!」

馬鹿は一体どっちなんだろうね。
会長は、夜中自身を絶対に好きにはならない。
心の奥底にあるヨルへの誓いと会長が夜中にヨルを重ねている限り。
つまり夜中が会長の心を手に入れることは一生ない。
そして、会長も永遠にヨルを手に入れることはできない。
壊れたのは、予想通り夜中が一番最初。
引っ掻き回すだけ回して、勝手に壊れた玩具。
僕にとって何の価値もない。

「満月は……ヨルには、なれない」
「僕がヨルだ!他にヨルなんていない!」

ヒステリックな声を上げ、夜中は手に力を入れた。
そんなに知りたいのなら教えてやる。
会長の心を手に入れたヨルのことを少しだけ。
お前がなりたいと望んでも絶対になれないヨルのことを。

「っヨル、死、っで……か、ちょの……こ、ろを……手に、いれ……」

同じことをしても、会長の心が夜中に傾くことはない。
だって、永遠に会長の心はヨルのもので、ヨルの心は会長のものだから。
そこに他人が入る込む隙なんて、一ミリだってあるわけがない。

「帝は僕のだ!死んだ奴のことなんか僕が忘れさせてみせるっ」
「憐れ、だね……」

可哀相で、愛おしくて、可笑しくて。
もっと壊したくなる。
そうして、僕のいる生と死の狭間まで堕ちておいで。

「生きて、限り……死者、はか……てない」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」

夜中の手により一層強い力が加わった。
もうそろそろ限界かな。
そう悟った僕は夜中と目を合わせ、微笑んだ。
勝利の微笑みを。

「っ……なんで」

夜中の手が震えていた。
今更恐くなったとか考えたくはないけど、そうなのかもしれない。
殺すなら迷わず殺して、生かすなら生きる意味を。

「なんで何も言わないんだ!」

それは何に対して。
僕を殺そうとしている満月に、ヨルを探し続ける会長に、それとも死にたくないと叫べばいいの。
残念だけど、それはできないよ。
死にたくないなんて言える立場でもないし、何より僕は死を望んでいる。

「お前が死にたくないって言わないと僕が自殺の手助けさせられてるみたいだろ!」
「……ふふ、あははははっ!」
「何、笑って……」

夜中は僕の上に跨がったまま、手を離した。
自殺の手助けだって。
夜中、お前は本当に救いようのない馬鹿だよ。

「本当に馬鹿なのは、だぁれ?」
「黙れ!」

左頬に鈍い痛みを感じた。
夜中が殴りつけたのだとすぐに理解した。
面白くて、可笑しくて笑ってしまうよ。

「何度も忠告したのに聞き入れなかった自分が悪いとは思わないんだ?」
「何言って」
「近づくなって言ったでしょ?」
「みか」
「あの人の名前を軽々しく口にしないでよ!ヨルだけが呼ぶのを許された特別な名前なんだから」

夜中が会長の名前を呼ぶ度に怒りが込み上げてきた。
ヨルだけの特別な名前なのに、と。
帝とヨル。
自らの運命をまだ知らなかった幼い二人。
出会ってはいけない二人が出会ってしまったことで、すべてが始まった。

「お前があの人の名前を呼ぶ度にあの人からヨルの記憶が塗り替えられていく……あの人とヨルは永遠なんだ!」
「ヨルは僕だ!帝は僕のものだ!」
「お前に何がわかる!ぱっと出のお前が、ヨルの代わりにすらなれないお前にっ」

そこまで言って、我にかえる。
何を熱くなっているのだ。
おかげでいらないことまで喋ってしまった。
夜中は、賢いくせに抜けているところがあるから聞き流しているかもしれないが。
口にしてはいけないことを無意識のうちに僕は口にしていた。
腹の上に跨がる夜中を自由に動く腕を使って突き飛ばし、ドアへと駆け寄る。

「ヨルの気持ちは、もう誰にも届かないんだよ……」

吐き捨てるように夜中に言い、僕はドアを押した。
やけに重くて、少し開いた隙間から知らない足が見えて、誰かわからない第三者が今の話を聞かれていたことに絶望した。
誰が、どうして、いつから、考えても仕方がないのに。



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