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05
夕闇 05


なぜだか妙に心が落ち着いていて、ゆっくりと歩を進める。
ナルミを探さなければいけない。
だけど、俺の向かう先にナルミがいるような気がする。

『早く、早く、約束を』

耳元を掠める声は、急かすように求めている。
早くあの場所へ、早くあの約束を。
ずっと疑問に思っていたことがある。
どうして彼は俺を選んだのか。
どうして彼は俺を愛したのか。
人間と天使の恋愛は、禁忌とされている。
それを知っていて尚、破ってまで彼を突き動かした想いは何だったのだろうか。
そんなことを考え始めていた。
それからだろうか、彼が約束の場所へ来なくなったのは。
所詮は、天使の道楽の一種だったのかもしれない。
そう思って、俺は彼を忘れることにした。
勤めていた会社の上司の紹介で、小さな会社を運営する社長の孫娘と結婚した。
子供も三人できて、それなりに幸せな日々だった。
けれど、胸にぽっかりと開いた喪失という穴だけは、どうやっても埋めることはできなかった。
人間にしては、長い寿命だったように思う。
百歳の一歩手前、俺はベットの上で静かに最期の時を迎えようとしていた。
きっとこのまま目を閉じてしまえば、二度と目覚めることはないだろう。
自分の死の瞬間は、その時がくればわかると誰かが言っていた。
それは嘘ではなかったようで、俺はこれが死なのだと思った。
やり残したこともなく、何の未練もない俺は死ぬことは恐くない。
穏やかな気持ちで瞼を下ろした。
そして、不意に思い出すのは、かつて愛した天使の姿。
これが最期だからと少しだけ逢いたくなった。
ふわりとカーテンが揺れ、そこから今まさに思い出していた彼の姿があった。
最期だから、迎えにきてくれたのだろうか。
この時ばかりは、ずっと満たされなかったものが満たされた気がした。
嗚呼、そうか。
わかった、俺は彼を忘れようとして忘れられなかった訳が。
たとえ彼の道楽だったのだとしても、俺は本当に彼を愛していたのだ。
一人は嫌だと泣いた彼を、俺をひたむきに愛してくれる彼を、人間だとか天使だとか関係なく愛していたのだ。

『愚かな人間、私はお前を決して許しはしない』

彼の唇が残酷にも俺を地獄へと追いやる言葉を紡いだ。
俺は許されることを望んだわけではない。
けれど、どこかで許されることを望んでいたのかもしれない。

『人間、よく聞くがいい』

良く通る鈴のような声で、彼は見下すように言う。
俺は知らない。
こんな彼を。

『私の子はお前のせいで堕天使になってしまう……私の愛しくこの子をお前は奪ったのだ』

最早、許しを請うことも許されなかった。
目の前にいる彼は、彼の親なのだ。
彼は天使ではなくなってしまうのだ。
そして、その原因である俺は許されるはずがないのだ。
禁忌を犯し、欲に取り付かれた者は堕天する。
彼はそれほどまでに俺を愛していてくれたのだ。
どれほど嬉しくあり、また悲しくあっただろうか。
彼もまた、俺を忘れてはいなかった。
一時でも彼を忘れようとした自分自身に激しい怒りを覚えた。

『私の愛しいこの子だけが罰を受けるなど許せない……故にお前にも同等の罰を与えよう』

淡い光と共に彼と過ごした日々がフラッシュバックした。
懐かしくも愛おしい記憶。
そのすべてを彼の親は消した。
そして、俺に突き付けられた事実。

『これは罰という名の呪いだ……お前の魂は神の御元に戻ることなく転生し続け、その魂をもって償い続けるがいい』

それはあまりに残酷で、長い償いだった。
何度も転生するうちに記憶が薄れ、愛することを忘れ、また愛されることをも忘れた。
哀れにも生きているだけの人形へと変わっていった。

『あの子の苦しみはこんなものではない……蔑まれ、虐げられ、あの子は今にも消えてしまいそうだ』

誰かがそう言って、俺はそれを無意識に聴き入れていた。
俺は蔑まれて虐げられる存在なのだと。
しかし、それは彼への罪の意識から生まれた幻想に過ぎなかったのだ。
ずっと長い間、彼を一人にしてしまった。
一人になりなくないと泣いていた彼を俺は身勝手にも一人にした罰だと思った。
許されるようなことではない。
けれど、俺は彼を愛してしまった。


















「やっぱり、ここにいた」

小さな石を抱き込むようにして、ナルミは目を閉じていた。
長い睫毛が縁取る目尻には涙の跡が残っていた。
きっと、寂しくて泣いてしまったのだろう。



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