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07
七年恋 07


ソファーの前にあるローテーブルの上には紙屑やマグカップ、本なんかが無造作に置かれている。
いや、この場合は放置されているという表現が正しいのかもしれない。

「いくらなんでも汚いだろ」
「まだ最近越してきたばっかなんだ」
「あぁ、それでか」

ソファーで寛ぐカイにコーヒーでも入れようとキッチンに向かう。
備え付けの食器棚からカップを二つ取り出し、インスタントコーヒーを注ぐ。
生憎忙しい身なので、学生時代のようにこだわりをもって豆から挽くなんてことをもう何年もやっていない。
カップのひとつをカイに渡すと飲まずにじっと液面を眺めていた。

「豆、挽かないんだ」
「時間がないからな」

コーヒーの匂いを嗅いだカイが、残念そうに呟いた。
そういえば、カイが俺の挽いた豆で入れたコーヒーは最高だと言っていたのを思い出した。
やろうと思えばできなくはないのかもしれないが、こんな時間に豆を買い出しに出掛けるのも面倒だ。
カイには悪いが、今日のところはこれで我慢してもらおう。
また次の機会があるとも思えないが。
しかし、厄介なことに俺のマンションを知られてしまった。
小説家は、一年の大半を自宅で仕事するのが基本だ。
すなわち自宅を知られてしまえば、カイがまた訪れても逃げ場がない。
今までは、郵便物にも名前だけで住所は書かなかったし、自宅の住所を聞かれてもはぐらかして答えなかった。
けれどそれも通用しなくなった。
ここはなかなか住み心地が良くて気に入っていたのに、また引っ越さなければいけないと落胆した。

「ナナ」
「ん?」

カイはローテーブルの上にある物を除けてカップを置くとソファーの上で膝を抱えた。
声をかけてきたのはカイなのに目を合わせようとしないし、本人は自分の指を絡めては解いてを繰り返している。
何か言いたいのか、それともただ呼んだだけなのか、これではわからない。
仮に何か言いたいのだとしても、俺に都合の悪いことだとしか思えないので、聞いたりなどしない。
俺は、カイが喋り出すのを待つだけだ。

「ナナ、さっきさ……」

言いにくそうなカイの視線は、自分の手に向けられていた。
両手の指先を合わせて、指を開いたり閉じたりを繰り返している。
不意にちらりと俺に視線を向けては俯くという行動を何度かしている。
まるで相手の様子を窺うように目が合うとすぐに逸らされ、またすぐに目が合う。
その仕草が、告白する時に似ていて俺はどきっとした。
ほんのりカイの頬が赤くなっている気がする。

「さっきの、好きって……」

嗚呼、ほらきた。
今、俺が最も話題にしたくない話だ。
正直、できれば忘れてほしいと思っている。
そして、二度とその話を口に出さないでほしい。
だけどカイはきっと真実を知りたいのだと思う。
どういう意味で好きなのかを。
それでもきっと俺は酷い奴だから本当のことは言わず、嘘を吐くんだ。

「好きって……どういう意味で?」

そう、それは死刑宣告によく似ていて、泣き叫びたくなった。
きっと好きの意味なんかとっくに気づいているはずなのに、カイは聞いてくる。
それが、どういう意味を持っているのかはわからない。
けれどひとつ言えることは、カイが俺を嫌いになってしまったわけではないということだ。
嫌いなら泊まりになんて来ないし、話しかけもしないはずだ。
それなら俺は、まだ今の居場所を失ったわけではない。
俺の唯一の場所は、まだ許されている。
今なら、まだ引き返せる。
そう思えば、あとの決断は早かった。
この気持ちに蓋をしてしまえばいいだけの話だ。

「俺はカイが好きだよ」
「だからっ、好きってどういう……」
「好きだ、友達として」

今の俺にできる満面の笑みを浮かべて、真っ直ぐカイの目を見つめて言った。
言ってしまえば、なんてことはなかった。
カイは俺の目を見つめていたが、やがて俯いてしまった。

「……だ」
「え?」
「嘘だ……友達としてなんて嘘だっ」

カイは、涙を目尻いっぱいに溜めて勢いよく顔を上げた。
怒っているような、悲しんでいるような、そんなわけのわからない顔をしている。
大きなアーモンド型の目が、涙を溜めて俺を睨みつける。
それも仕方ない。
カイは人一倍、人の感情には敏感だった。
たとえ、どんなに小さな変化も見逃すことがなかった。
なのに俺一人の感情の変化に気づかないわけがなかったのだ。

「ナナは嘘吐いてる」
「うん」
「好きって、そんな意味じゃないだろ?」
「そうかもしれないね」

カイは、また黙り込んでしまった。



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