[通常モード] [URL送信]
05
七年恋 05


恋などしなければよかった。
俺は何度もそう思った。
カイに恋して、俺の世界は一瞬で変わった。
見るものすべてが愛おしくて、つまらなかった日常が輝いて見えた。

「報われないんじゃなくて、報われちゃいけない恋なんだ……」
「え?」
「いや、何でもない」

光が差すのは一瞬で、そこから先は前も見えない暗闇が続いている。
俺もそろそろ光に縋るのをやめて、暗闇に逃げ込もうか。
大丈夫、以前と同じ日常に戻るだけなのだから。
毎日が同じことの繰り返し。
何をしても満たされない。
そんな空虚な時間に戻るだけ。

「そういえば聞いたか?」
「何を?」

聞いてないのか、と乾は驚いて目を大きくしていた。
それからひとしきり唸った後、ほらとか、あれだとか、曖昧な言葉で俺に答えを促してくる。
悪いが、それでは俺にはさっぱり何のことかわかるわけがない。

「ほら、お前と仲良かった奴……何ってたっけ……獅土だったけ?」
「カイがどうかしたのか?」
「あいつ、親に勘当されたらしい」
「勘当……」

初耳だった。
と言っても、カイと直にあったのはこの七年間で今日が初めてだ。
知らなくとも無理はない。
けれど、俺自身知らされていなかったことに相当ショックを受けているのも事実だ。
恋仲になれなくとも、親友という立場があると高を括っていたからかもしれない。
予想もしていないところで、俺はカイに見限られていたのだろうか。

「お前、知らされてなかったのか」
「あぁ……初めて知った」
「行くとこないらしいし、お前の家に置いてやれよ」
「いや、でもっ」
「広いんだから一人や二人増えたって変わんねぇだろ」

けらけらとからかう乾に俺は内心焦りまくりだ。
カイを俺の家になど置いておけるわけがない。
ただでさえ、七年も想いを封じてきたのだ。
カイを目の前にして、脆い理性など簡単に崩れ去ってしまうのが目に見えている。
そうなってしまえば、俺はカイへの後ろめたさから死んでしまうかもしれない。
けれど、それでもいいから、一夜だけでもカイを自分のものにしたい気持ちが揺さ振りをかけてくる。
だけど、でも、それは、何度も繰り返した自問自答。
それでも、答えは出てこなかった。
しかし、それはそれでよかったのかもしれない。
答えなど初めから決まっていたのだから。
俺はカイを裏切れない。
だから、これからも親友というポジションに縋るだろう。
下手なことをして、傍にいられることさえ許されなくなるのは嫌だ。
そうだ、早くカイに謝ってしまおう。
さっきのは冗談だって。
そうすれば、俺は何も失わない。
だって、それが一番いい。

「お、ちょうどいるな……獅土っ!」

肩が揺れた。
ちょっと待て、まだ駄目だ。
何を言うのか整理できていない。
まず謝ろう。
謝って、あれはそういう意味じゃないと言おう。
親友としてカイが好きだと言おう。
そうすれば、カイもきっと馬鹿って笑って許してくれる。

「乾君?久しぶりだね」

カイがこちらに近づいて来た。
体温が上がり、朱が差し始めた頬を隠すために視線を不自然にカイから逸らす。
妙に心臓の音が煩い。
全身を廻る血液の流れが早い。

「相変わらず硬いなぁ……そういや今日の宿は見つかったか?」
「いや、全然……今日も野宿かもね」

カイは諦めたように肩を竦めて皮肉のような言葉を口にした。
完全に謝るタイミングを逃した俺は、黙って二人の会話に耳を傾けた。
あくまで自分は関係ないとボーイからシャンパンを受け取り、一気に煽る。
そう、関係ないのだ。

「そんな獅土君に良い知らせだ!こちらの七海君が今日の宿を提供してくれるらしい」
「ちょっ!おまっ、何勝手に!」
「お前は親友に野宿させる気か?」
「っ、それは……」

急に話を自分に振られ、答え倦ねていると視界の隅にカイが映った。
表情はいつものように冷めているのに、闇色の瞳はどこか熱を孕んでいた。
もう嫌われたかと思っていた。
それほどの裏切り行為を俺はしてしまったのだから。

「一晩くらい泊めてやれよな」
「あ、ちょっ……!」

軽く無責任なことを言い残して、乾は人垣の中へと溶け込んでいった。
勝手な会話の途中で放置されたものだから、空気が気まずい。
カイは何も喋らないし、その場を動くこともしない。
俺から話し掛けてもいいが、何を話題にすればいいかもわからない。
正直、今の俺にはカイの考えていることがわからない。
ただ熱を孕んだ瞳から目を離すことができなかった。



BACK/NEXT







あきゅろす。
無料HPエムペ!