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06
皇子、決断をする。06


新しい時代に俺は必要ない。
最後までレイノルズが頷くことは決してなかったが、俺の決意が揺らぐことはないだろう。
償う為と死に逃げることは、決して認められたものではない。
けれど、これ以上生きる意味もないのだ。

「レイノルズ、今日はもう下がれ」

不服そうな顔をするレイノルズの腕から抜け出すとバルコニーへと出る。
そこから白薔薇の庭園を見下ろしながら、背後でレイノルズの気配が執務室から遠ざかっていくのを感じていた。
白い薔薇の中に赤く染まる薔薇に自然と目がいく。
美しかった母上が死んだ、いや殺されたあの日。
やはりあの日も白い薔薇の中に赤く染まる薔薇が咲き誇っていた。
胸を剣で一突きにされたらしい母上は、俺と弟の目の前で動かなくなった。
その後、俺も右肩に剣を受け、壁にぶつかった衝撃で意識を失った。
それと同時に意識を失う前後の記憶を失った。
そして、それは今も俺を苦しめ続ける。
あの時、俺は確かに犯人の顔を見たはずなのに思い出せない。
一人残された弟はどうしたのかわからないが、無傷で助かった。
しかし、あの日のことに関しては今も口を閉ざし続けている。
弟が何を思い、誰を庇っているのかはわからない。
ただあの日以来、弟は親しい人の死を恐れるようになった。

「哀しませてしまうな……」

あの優しい兄弟たちを泣かせてしまうのは、正直辛いものがある。
例え自分が死んだ後の話だとしても、それは変わらない。
そして、レイノルズを一人にしてしまうことが、何よりも苦しかった。
このまま役目も何もかも忘れて二人でどこか遠くに逃げてしまうという選択肢もあった。
けれど、それはできないのだ。
帝位に即いてしまった以上、どこにも逃げられはしない。
欲に駆られた愚かな人間ではなく、最期の瞬間まで帝國を思い続ける人間でありたいという俺のエゴの為だ。

「本当、救いようがないな」

これは大義であると言い聞かせて死を正当化しようとしている俺の完全なるエゴだ。
そして、レイノルズを生かそうとするその行動こそが最大のエゴなのだ。

「人生で一番最低なエゴだな……」

誰よりも死にたいと望んだ彼を生かし、枷をつけて縛った。
俺がいなくなって一番立場が悪くなるのは、間違いなく彼だ。
それを知っていながら、彼を残して俺は死に急ぐ。
彼が望んだ死を俺は与えない。
俺が与えられるのは、生きるという地獄にも似た苦痛の日々だけ。
どんなに恨まれたとしても構わない。
俺が、俺だけが、彼を縛ることができる唯一なのだという証明がひとつでもいいから欲しかった。

「だから俺は、俺でいられる間に死にたい……」

何の犠牲でもなく、自分と大切な人の為だけに死にたいと何度でも願う。
誰が聞いているわけでもないのに独り言が止まらなかった。
いや、誰でもいいから聞いて欲しかったのかもしれない。
いつも優しく問い掛けてくれる弟も、黙って相槌を打ってくれる妹もここにはいない。
静寂がこんなにも寂しいものだとは知らなかった。

「母上、俺は……どこで間違ってしまったのでしょうか?」

信じた道を進めば進むほど、何かがおかしくなっていった。
それでも立ち止まることはできなくて、俺はまだ走り続けてる。
間違った道だと知っていても立ち止まることはできなくて、俺はもう前に進むしかない。
休み方も止まり方も、とっくの昔に忘れてしまった。
このまま最期の瞬間が訪れるその時まで、俺が信じる道を突き進むしかない。

「もし、やり直せるのなら……最初から全部なかったことに」

母上が殺されたこと。
レオンに殺されそうになったこと。
軍人になると決めたこと。
レイノルズを拾ったこと。
かつて父と慕った男を殺したこと。
やり直したいことは数え切れないほどある。

「いや、きっと俺の存在自体が間違いだった」

俺は今まで何十人、何百人と命を奪ってきた。
そうなることは軍人になると決めた時にわかっていたことであったし、理解していたつもりだった。
けれど、実際は心がついていかなかった。
理解したつもりで、どこか理解できないでいたのだ。
人が人を殺すという意味を。
俺のしていることは母上を殺した奴と何ら変わりない、ただの人殺しだ。
そして、それを選んだのも俺だ。
背負うべきは罪であり、俺に救いなど決してない。

「あと三日……」

時間は止まってはくれない。
一秒また一秒とゆっくりと針は時を刻み、終焉へと向かう。
どうか愛する人たちが幸せな未来へと向かわんことを切に願う。



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