[通常モード] [URL送信]
.


「おら、もう一回やってみろお」


そう彼が告げると、セトは意を決したようにぎゅっと両手を胸の前で固めた。


「こ……、こんにち、は!」

「良いぞお、でっかくなったじゃねえかあ」


にい、とスクアーロが笑って、わしゃわしゃと髪を撫でてやると、彼女はとても嬉しそうに笑う。暗殺者が集うこの屋敷には不釣り合いな二人のやり取りは、午後の中庭で行われていた。


「アイツはぼそぼそ何言ってんのか分かんねえの一番嫌うからなあ。その声で話しかけると良いぞお」

「は、はい!」

「じゃあ次………?」


ガギン!ギン!

耳に付く金属音がして、セトは思わず目を瞑った。「何だあ?」というスクアーロの声でそろそろと瞼を開けると、そこにはベルが何時もの笑みのまま佇んでいて。訳もわからず、彼女は未だ理解できていない思考の向こうでぼんやりと彼を眺めていた。

とすん、とす、と柔らかい地面に突き刺さった二つのナイフは、ベルが投げた物。スクアーロは一瞬不快そうな顔をしたものの、直ぐに面白そうに目を光らせて彼を睨んだ。


「何か用かあ」

「べっつにー」

「う゛お゛お゛い…別にでそんな殺気出るわきゃねえだろお」


にやにやと笑っている彼の仕草が気に入らない上にムシャクシャするその気持ちを、ベルはそのまま視線に変えてセトを睨んだ。(勿論表情は変わらないけれど)


「お前さ、王子の許可無しに他の男と居て良いと思ってんの?」

「、……ぅ……」


びくっ、と身体を跳ねさせる少女は、普段はあんなにも愛しいのに。今のセトは(恐る恐ると言った具合ではあるけれど、)スクアーロの隊服の端を握っていたりして。カッとする、なんて何時ものベルでは在り得ないのに、気が付けば彼は数段の速さでナイフを彼女目掛けて投げていた。

セトが避け切れない事等承知の上だった。


でも、それでも、


他の奴の後ろに隠れてしまう彼女なんか―――――。


「う゛お゛お゛おおい!」


危ねえ!と叫んだスクアーロが咄嗟にセトの前に立って、ベルが投げたナイフを全て薙ぎ払った。最初に投げられた物とは威力も速さも違って、ナイフは音を立てて数メートル先へと跳ね飛ばされる。


「何しやがんだあ!」


呆れる程に過剰反応してくるスクアーロに比べて、セトは吃驚しすぎて言葉も出ないらしかった。そして今更ながらに自分に投げつけられたナイフに恐怖を覚えたようで、彼女は小さく震えながらスクアーロの服の端を両手で握り締める。勿論、ベルにとってそれは益々気に食わない。


「マジウゼーすんげームカツクんだけど」

「あ゛あ!?」

「馬鹿鮫にはカンケー無いんだよ」

「関係無えのはテメエだろうがあ!さっさと失せねえとかっさばくぞお!」


吼える銀髪に、先ほどの余裕は見られなかった。それこそ彼女を守るように背に庇っていて、悪いのはベルだと言わんばかりの態度だ。(実際そうなのだが)





『…何してるんだい?』





びりびりと感じる殺気の中で、抑揚の無い声が響く。彼らの対峙する丁度真ん中に小さな風の塊が起きて、マーモンがちょこんと二人を見上げた。


「…また金にならないことやってる」

「るっせードチビ」

「テメエは引っ込んでろお」


邪魔者扱いされて、マーモンは幾分気分を害したようにムッと顔を顰める。それでも二人は互いから視線を外さないものだから、彼は仕方なくセトの肩へと飛び乗った。


「原因はセトでしょ。何したの?」

「、…え、と……よ、よく、分からなくて……」


心底困った顔をしている彼女は、本当に何が何だか分かっていない様だ。スクアーロと居たの?と問う彼に、セトは小さくこくんと頷いた。


(やっぱり君が原因じゃないか)


はあ、と盛大な溜息が漏れる。
別に彼らがいざこざを起こした所でマーモンは大して興味が沸かないのだけれど、その後に被る被害が尋常ではないのだ。ベルは何時もより彼に突っかかってくる回数が多くなるし、スクアーロに関しては声が何時もより数段でかくなる。(静かに金の算段が出来ない。これは甚大な被害だ)
何よりセトがとても悲しそうな顔をするから、ルッスーリアだって何時もよりウザくなるだろうし、ボスに至っては何時もの倍以上に機嫌が悪くなるだろう。レヴィもまた然り。


(一銭の得にもならない)(面倒臭いな)


それでもマーモンだって彼女の悲しそうな顔は見たくない。自分の利益より優先するものなんて、彼女以外には存在しないから、仕方が無いのだ。


「ベル、君は午後の任務に行ってないね。ボスがカンカンだよ」


そう告げると、ベルの表情に一瞬だけ違う感情が垣間見えた。その隙に次の矛先はスクアーロへ。


「君も。ボスが呼んでたよ。二分以内に来ないとただじゃおかないだってさ」

「あ゛あ!?何時の話だそれえ!」

「さあ?」


二時だったかな、と彼が惚けるものだから、スクアーロは慌てて時計を確認する。


「もう三時じゃねえかあ!」

「ふうん。じゃあさっさと行った方が良いんじゃない?」


ベルもね。そう付け加えると、二人は心底忌々しそうにマーモンを睨んだけれど、彼は何処吹く風と言った風に全く意に介していなくて。無言でベルが飛び去るのを睨みつけていたスクアーロが、くるりとセトの方を振り返る。


「仕方ねえ。続きは明日だあ」

「…あ………」


しゅんとした顔を見せた彼女を、スクアーロはまたくしゃくしゃ、と撫で付ける。


「今日はアイツに近寄るんじゃねえぞお。早く戻って来てやるからなあ」

「…、はい……」

「う゛お゛お゛おい!さっきやったこともう忘れやがったのかあ!?」

「あっ、やっ…は、はい!!」


びくっと反応したセトに笑いかけて、スクアーロはマーモンに見向きもせずに行ってしまった。その後を彼女はぼんやりと眺める。その頬が、少しだけ色づいているのは、きっと気のせいではないだろう。






(ほったらかしにしておくと危ないよベル)(もしかしたら、)(もう遅いのかも、ね)



E,

※補足:ベル→セト→←スクアーロ



あきゅろす。
無料HPエムペ!