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愛のかたまり(小説)
『愛の才能』B(テロ)


「はぁぁーー…。」

自宅の扉を締めたと同時に零れる溜息。



かすかに聞こえてくるシャワーの音に、追い掛けても来てくれないんだ…と、少しでも期待した自分が滑稽に思える。



重い足取りで自分の部屋に向かう忍。
やりきれなさを抱えながら着替えを済ませ、一人ベッドに入る…。

枕元には宮城の部屋の鍵。

やっと渡して貰えたこの鍵を受け取った時は本当に嬉しかった。
参考書のついでという渡し方に凄く驚いて…、同時に凄く嬉しくて…。
変に畏まって渡されるよりずっと、自然に自分が側にいることを受け入れてくれた気がした。

自分のテリトリーに他人が入ることを嫌がる宮城とまた一歩縮まったはずの距離。
けれど、近づけたと思った途端、突き離される。

この距離感がもどかしい…。

自分がもっと大人ならば、もっと上手く対応出来るのだろうか。
どうすることも出来ないこの問いには、この想いを抱く初めから悩んできた。



宮城は、

長年想い続けてきた先生のことを乗り越えて俺を選んでくれた。
俺の誕生日を知った時も慌てて俺のことを祝おうとしてくれた。
女の子と一緒にいれば嫉妬もされたし、大学を選ぶ時だって……。

たぶん、嫌われてはないんだと思う。

ちゃんと、俺のことを好きになってくれたんだと感じる瞬間だって今はある。
だけど、だからってこれからもずっと好きでいて貰える自信なんかなくて、今日みたいに露骨に避けられたら…正直ヘコむ。


宮城に抱かれたのはまだ数回。
男に抱かれることに慣れてきたという訳ではないし、恥ずかしさもまだある。
けれど、隣同士なのに思い通りには会えない恋人と、せめて会える時くらいは誰よりも近くにいきたい……と、自然とその欲は湧き上がってくる。



触れたいと…、触れられたいと思っているのは、俺だけなのか…?



思わず零れる自分の本音に、やっぱり自分ばかりが宮城のことを好きみたいで、嫌になる。

風呂を済ませてまで宮城の帰りを待っていた俺の意図に、宮城ならば気付かないはずがない。

なのにあの露骨な避け方…。

また、俺が男だからとか、世間体が邪魔したんだろうか…。
『久しぶり』と宮城が言った、せっかくの二人きりの時間なのに、同じ想いを共有出来ないなんて…




いったい何なんだよ…。

明らかに、期待持たせるような空気を作っていながら、いきなり何で避けんだ??
夕飯も済ませてきたとか言ったくせに、やっぱり食事をするとか言い出すし、あからさまに目を合わせようとしないし…行動が不自然過ぎる。

…くそっ!!風呂まで済ませてオッサンのことを待っててやった、俺の純情を返しやがれっ!!!




溢れそうになる悔し涙は、そう考えると何だか逆に腹がたってきた。
宮城が腰に腕を回してきた瞬間、その先を期待した自分がいただけに、肩透かしをくらった忍の不満は矛先を変え始めて…

心の中で宮城への不満を散々唱えながら眠りについた忍は、こうなったらハッキリ問い質してやると、ある決意を固くしたのだった…。



___________



「158ページ〜173ページ…ここは試験に出すからしっかり聞いとけ〜。この範囲の芭蕉の作品は芭蕉の人生観を如実に表したものばかりだ。好きな作品を二つ選んで、解釈、分析をまとめておくように。」

講義を進める宮城の指示に生徒達は慌ててノートを取り始める。

そんな、講義も中盤に差し掛かってきた頃、広い教室の一番後ろのドアから入室してくる生徒が一人…。

なんだ?こんな時間に…??遅刻にしては遅すぎるぞ。

そう思いながらその生徒に視線を向ければ…



『…しっ……忍っっっ!?!?!?』



思わず叫びそうになった声をぐっと堪えている間に、忍は何食わぬ顔をして、そのまま一番後ろの席につく。

ア…、アイツは、いったい……、何をやっているんだ!?!?(焦)

そもそも、自分の大学の講義はどうしたっ!?

確かに、他校の講義に紛れ込む者もたまにはいるが、1年のうちは講義数が多くてそんな余裕はないはず…。

まさか、未だに個人授業が出来ていないことへの嫌がらせか…?

怒涛の如く沸き上がる疑問と焦りと驚きを抑えながら、忍も今はただの生徒の一人だと言い聞かせ、通常の講義を続ける宮城。当の本人も真面目にノートを取っているようで、別に妨害するつもりはなさそうだ。

とはいえ、恋人に講義を聴講されているのだと思うと、心中穏やかになれるはずもなく…。
視界の隅に忍を捉えながらどうにか無事に講義を終えた宮城は、忍を気にしながらもそのまま研究室に戻っていった。




−パタン−



研究室に戻り、コーヒー片手に一服。
やっと一息ついた宮城は冷静に状況を分析し始めた。

とりあえず、どんなつもりで講義に紛れ込んだのかは分からないが、原因はまぁ、昨夜のアレだろうな……。
昨夜取った自分の行動を振り返れば、不自然極まりなかっただけに、この推測はあながち間違いではないだろう。

だが、だからと言って明け透けに理由を語るわけにもいかず、どうしたものかと考え込む…。

はぁ〜。まったく、あのお子様は行動が極端過ぎる。唐突に帰ると言い出したかと思えば、講義に顔を出してこちらをたじろかせる…。

こうも、無茶苦茶な相手に何だって俺はこんなに夢中なんだ??

と、いつもの冷静な自分が顔を出し始めるが、この思考が堂々巡りになるのは分かり切っているので、その考えをすぐに振り払う。

「今は、確実にやって来るであろうテロリストを迎え撃つとしますか……。」

そう、独り言を呟いて宮城は視線をドアに向ければ…。



−コンコン−



来たな。

「開いているぞ。入れ。」

キィっと扉を開けば予想通りテロリストのご登場。

忍を席に掛けさせたが、何も言わず、いったいどういうつもりなんだと空気で訴えかければ、ポツリポツリと忍は口を開き始めた。

「宮城…、今日は驚かせて悪かった…。怒ってる…よな…?」

「…まぁ。全く怒ってないとは言えないが、どちらかと言えば驚きが上だな。いったいどうした?いきなり、講義に顔を出すなんて。」

(まずは、冷静に…)

「ハハ…ぜって〜怒られると思ってた。ただ、見てみたかっただけんだ。宮城の働くトコ。」

「お前な、それならそれで、一言くらい連絡しろ。本来なら、許されることではないがな…」

(分かっててやってる…か。)

「今日はたまたま、休講になった講義があったから来たんだよ。前から考えてたことだったしな。
連絡しなかったのは、正直、驚かせたかったのもある。宮城、個人授業全然してくんねーし、ウチにだって来ねーし…。」

「ったく。だからお前はガキなんだよ…。」

(あ〜、理由はそっちか?まぁ、参考書渡したキリだったしな…忍チンなら怒るのも当然か。)

「うっせー!!ガキで悪かったなっっ!!んなこと、分かってんだよっ、自分でも…。けど……、」

勢い良く噛み付かれるかと思えば、だんだんと語尾は弱々しくなり、最後は言葉を途切れさせ俯く忍。けれど、ポツリと…、

「……昨日の宮城、おかしかったじゃねーかよ。それが、一番の理由だ。」

「…なっ……!?」

(ああ゛〜、やっぱりソコですか…。)

「…んで、避けたんだよ…。昨日の宮城、絶っっ対におかしかったっ!!!」

顔を上げた忍は涙目で…

「…しっ、忍っっ!!ちょっと待てっ!!!すまんが、この話は帰ってからさせてくれっ!!」

(頼むから、今はまだ触れないでくれっ!ココで冷静に話せる訳がないっ!!)

「…っ、こうでもしなきゃ、宮城とはなかなか話せねーじゃんかよっ!!!どうせまた、世間体だとか、立場だとかが邪魔したんだろっ!!」

勢いのまま掴み掛かって来られ、躊躇いながらも受け止めれば、

「…んで……何で、昨日は抱かなかったんだよ…。」

と、小声で告げられる忍の本音。

「宮城を抑える原因が世間体だって言うなら、講義に紛れ込むのが一番だと思ったんだ。そうすれば、少しは俺だって冷静になって宮城のこと想えるかもしれない…。」

「…けど……、」

宮城がどんな立場であったとしても、この関係を続けるためにはどんな覚悟だってしてやると、想いは募るばかりで…


−コンコン−


「失礼します。宮城教授、昨日探してあった資料見つけま……、」



「「……!?!?」」



上條の目の前には宮城につかみ掛かる、例の学生の姿…

「……。え゛〜、お取り混み中でしたか……??宮城教授。」

「…かっ、上條っ!!はやとちりするなっ!!仕事の場でやましいことは一切しないっっ!!!」

ベリッと忍を剥がすようにして、弁解の言葉を口にする宮城。

これ以上話すことは出来ないと判断した忍は、

「今日、宮城の部屋行くから…。」

小声でそう呟き、さっさと上條の脇を摺り抜け研究室を出る。
もちろん、擦れ違い様、キッと上條を睨み付けたのは言うまでもない。


「教授も大変そうですね…。」

「…っ!みなまで言うな、上條…。」

「…まぁ、色々と頑張って下さい…とだけ言っておきますよ。」

「………ああ。」

がっくりとうなだれる宮城は、帰ってからのことを考えたくはないかのように、資料を受け取ってすぐに研究に没頭したのだった。



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あきゅろす。
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