欲しかったのは(沖土/V.D)
「ひっじかったさーん。」
不意に背後から聞こえた声に、俺は無意識の内に顔をしかめていた。
「………総悟。」
たっぷり間合いを空けて振り向けば、ニタリと口許を上げる総悟。
目線を少し下に下げれば、此方に差し出された右手。
「………何だよ。」
そう尋ねれば、目を丸くして口をポカンと開いてアホ面を晒す。
「んな信じられねェみたいな顔されても困るんだけど。」
「土方さん……頭大丈夫ですかィ?」
一瞬頭に血が上りそうになったが、それをなんとか鎮める。
口にくわえた煙草を取り、ふうっと煙を吐いた。
「だから、何なんだ?」
「今日、何日か覚えてやすか?」
「あぁ?14日だろ?」
「じゃあ、そういう事ですんで。」
また目の前に差し出された手に少し苛ついた。全く意味が分からない。
「意味分かんねェって言ってんだよ!」
「これで分からないなんざ、土方さん男としてどうかと思いやすぜ。」
はあ、と長い溜息をわざとらしく吐く総悟に、我慢は限界まできていた。
無意識に手に力が入っていて、煙草がフィルターの辺りで折れ曲がったのが分かった。
「だから、」
「チョコ。」
もう一度尋ねようとすれば、突然飛び込んできた単語に呆気に取られた。
「チョコ下せェ、土方さん。」
「…は?」
気付けば顔が引き攣っていた。それを見てか、総悟はまた一つ溜息を吐く。
「世間じゃ逆チョコやら何やら言ってますけど、俺ァそんなの乗りやせんぜ。日本のバレンタインは女から男に渡すのが普通でさァ。ってワケで。」
「どんなワケだコルァアアア!!!」
怒りのあまり舌が巻き気味になってしまった。
こめかみがヒクヒクと痙攣を起こしているのが分かる。
「何で俺がお前にチョコ渡さなきゃなんねェんだよ!」
「ひっでーや土方さん!俺達あんなこともこんなこともした仲じゃねェですか!!」
「誰がじゃコラァ!!」
ムッとした顔の総悟に舌打ちを漏らし、もう吸えなくなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。
「チョコ食いてェなら見回りの時に渡されてたチョコ全部もらえば良かったじゃねェか!わざわざ俺にたかんな!!」
そう言えば、総悟はまた一瞬面食らったような顔をして。けれどその顔はすぐに怒りを帯びた。
「別にチョコなんていりやせん。」
「じゃあ、」
その後の言葉は口から出て来なかった。
気付いた時には、もう総悟の顔が見えない程に近く、口に総悟のそれが押し当てられていて。
「…っ!」
「アンタ以外どーでもいいんです。つーか、アンタのチョコですらどうだっていい。」
目の前の顔からは、いつもの余裕が何処かに行ってしまっていて、気付けばまた唇が触れそうな程近かった。
「土方さん、下せェよ。」
「…ったく。」
最後の距離を自分から埋めれば、総悟は嬉しそうに眼を閉じた。
欲しかったのは
(他でもない、アンタの気持ち)
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