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あくありうむ
「予行練習」は、まさかの待ち合わせるところから始まった。
一応ひとつ屋根の下で暮らしているのだから一緒に行っても良いのではないかと言ってみたところ、本番は一緒に住んでるわけじゃねえだろ、と一蹴されてしまった。
少ししょぼくれはしたものの、もし思いが通じたら一緒に行くことの方が多くなるのだからと燿子は前向きに考えることにした。

世界を動かす摂理というものは意思の力であるということをどこかで聞いたことがある気がする。

そうこうしているうちに約束の時間が刻一刻と近付いてくる。
燿子は今一度、身だしなみを確認した。
普段は持ち歩かない手鏡という女の子らしいものを準備してきたことに少し苦笑いをしたい気分だった。
いつもよりも女の子らしい格好だし、ハンカチなどは自分が持っている中で一番品があって可愛らしいものにしている。

はじめに予行練習などと聞いた時はもやもやした気持ちになったのだが、それも考え方の問題だ。
予行練習とはいっても結局好きな人と一緒にデートスポットに行くのだから、これをデートと評価しても良いだろう。

「おう、燿子。待たせたか?」

時計を見ればちょうど待ち合わせの時間になった所だった。

「ちょっと前に来たばかりです。」

いつも思うが、葛西はとてもお洒落だと思う。
高身長で鍛え抜かれた体つきのせいもあると思うが、シャツにネクタイにカーゴパンツでだけでもうんとスタイリッシュだ。
思わず見惚れてしまう。

「ヒヒヒッ、んじゃ行くか。」

燿子は歩きだした葛西を小走りになって追いかけた。



「やっぱりこの時間は混むんですね。」

燿子と葛西は水族館の中に併設されているカフェでお茶をしていた。

「じっくり見るんだったらもっと早く来るか夕方の方が良さそうだな。」
「予行練習でしたからね。とっても勉強になりました。」

葛西とのデートに総じて不満はなかった。
一緒に過ごせる時間は嬉しかったし、人に流されて案外くっついてしまったし、そして葛西は案外燿子のことを気にかけてくれていた。
しかし嬉しい気持ちが沸き上がると共に「予行練習」だという思いも出てきて、胸のあたりがちくちく痛むのだった。

案外自分はネガティブなのかもしれない。

「あー、燿子。もしかしてお前、気にしてたのか?」

図星だ。
どんな表情をしていいか分からない。
ただ喉の奥の方から自分の気持ちがあふれてきてしまいそうな感覚に陥っていた。

「泣くなよ。全部分かってるんだ。お前の気持ちも、俺の気持ちも。」

少しだけ滲む視界で葛西を見れば、葛西は切なそうな、なんともいえない微笑を浮かべていた。
その表情に、燿子の胸はぎゅっと締め付けられた。
何故このひとはこんなかおをしているのだろう。

「おじさん……。」

声をかけると、葛西はふっといたずらに笑って燿子の髪頭を掻き撫でた。

「今はまだお前は可愛くて大事な姪っ子だ。」

まだ踏み込んではいけない一線を感じて、燿子は少し寂しい気持ちを覚えながらも何も触れないことにした。
葛西のことだ。
こう言うのだから、きっといつか話してくれる。
それよりも、さっき葛西は何と言った?

自分の気持ちが全部分かっている。
寂しい気持ちは一瞬で恥ずかしさに染められてしまった。

「ヒヒヒ。」

きっと今も見透かされてるに違いない。
少しでも恥ずかしい気持ちをまぎらわすため、頼んでいた飲み物を一口飲む。

「愛してる。」

そんな声が聞こえた気がして燿子は飲むペースを早めた。
まったく、幻聴もいいところだ。

「ヒヒッ。」

葛西も頼んでいたアイスコーヒーに手をつける。
コーヒーは日差しを浴びて薄茶に透き通っていて、とても綺麗だった。


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