「お父さん、お父さん。」 「なんだい?」 「お父さん達はいっつも地下にいる人達と何をしているの?」 「皆の為になる事をしているんだよ。」 「ふぅん。」 ♂♀ 夜、まだ小学生であろう小さな女の子は地下に向かう。 長い長い階段を下りればすぐそこに、その部屋はあった。 怖くなる程に冷たいその空間には、まるでペットショップにいる犬や猫の様に沢山の檻に入れられた人間がいた。しかしその全員の首、手首、足首には手錠が付いていて体は傷だらけで、とてもペットショップにいる犬や猫の様にずっと見ていられるものではなかった。生気だって、ほとんど感じられない。 そんな廃人とも言えそうな人達に、少女は話かける。 「こんばんわ。」 「………。」 そう口を動かして話かけてみるが、ちらりと少女の方を向いただけで返答はなかった。 しかし、少女はゆっくりと歩いて皆の顔を見ながら言葉を紡いでいく。 「私は名前。あなたは?」 「……。」 「……。あなたの名前は?」 1人に無視されても、次にいる人にどんどん話をかけた。 「名前は、もうないんだ。」 すると、1人の少年が答えてくれた。少女はその少年の方へと近づく。真っ暗な地下では顔はよく見えなかったけど、なんとなく自分と同じ位の年だと思った。 「どうして名前がないの?」 「奪われちゃったんだ。」 「誰に?」 「研究所の人達。」 「そっか。ねぇ。どうしてここにいるの?」 「…僕達が、能力者だから。」 「能力者?」 「僕達、実験材料なんだ。」 ♂♀ 地下から戻った少女は目をつぶって足に神経を集中させる。そして、足を高く高くあげて一気に踏み込んだ。 その瞬間、コンクリートだったはずの地面は粉々になった。 「…僕達が、能力者だから。」 少年の言葉を思い出す。 ――きっと、この力は誰にも言っちゃいけないんだ。 ♂♀ 少女は次の夜、また次の夜も地下へと向かった。 そのうちに、最初は無視していた人達も少しずつ話をしてくれるようになっていった。 「あなた達は、ここにいて幸せ?」 「そんな訳無いっ!」 「毎日毎日、地獄のような実験なんかされて幸せな訳がないだろ?」 「…ごめん。」 「研究所の奴らは俺達を人間だと思ってないんだ。毎日解剖、拷問、実験の繰り返し。」 「もういっそ、死んでしまいたい。」 その言葉達は、幼い少女だって分かった。心からの叫びだと。 だから、少女は研究所の責任者である父から檻の鍵をこっそり盗んで皆を逃がす事を決意した。少女だって、悪い事と良い事の違い位見極められるのだ。 「早く、走って逃げて!!」 また夜にこっそり地下に行き、檻の鍵を開けて皆を外に出す。少女は必死だった。 死んでしまいたいと言った人達に、死んでほしくなかった。幸せになって欲しかった。ただ、それだけを胸に抱いて皆を解放した。しかし――― 「捕まえろ!!」 地下への出入り口は、たった1つ。 その階段を走って上っていたら研究所の人達が武器をもって入って来たのだ。 解放された皆は力の限り抵抗をする。しかし、食事もろくに与えられていない体はもうすでに限界で、能力すら上手く使えなかった。 「仕方ない。惜しくはあるが、殺せ。」 そんな声と同時に銃声が響いた。 逃げていた皆の最後尾にいた少女は、震える。 ――皆を守らなきゃ!! ――でもどうやって? 目の前でばたばたと倒れていくさっきまで話していた人達。その光景に小さな少女が耐えられるはずもなく。 涙を流しながら吐いた。 少女は、動く事ができなかった。 そして、少女に研究所の人達が近づく。 「あれ?名字さんの娘さんじゃないか?」 「何でこんなところに…。」 「まさか…」 ♂♀ 気付けば少女は地上にいた。回りには瓦礫が山ほど転がっていて、人も転がっていた。 「あ、あぁ…」 少女は、地下で追い詰められた時に能力を使ってしまったのだ。地下の階段の天井を殴り破壊した。止まる事なく落ちて来る瓦礫を、皮膚を強化して防いだ。 結果、少女は助かったが普通の人間が助かるはずもなく。 少女の回りには研究所の人や地下の皆の死体が転がっていた。 「……ごめん、皆。」 ――守れなかった。 不思議と涙はもう出なくて。 少女は立ち上がり、走ってこの場を後にした。 この日から、少女は町から姿を消した。 |