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ミツバが妙に、土方が沖田にそれぞれな形で背中を押してもらって一週間。



弟と話をしようと意気込んだミツバだったが、タイミング悪く郊外の所轄から協力要請が入り、総悟はその日から出張に行く羽目になってしまったのだ。


そして、膝を突きあわせて話す機会を無くして、今日を迎える。
五月二十六日。土方の誕生日から三週間後の、ミツバの誕生日だった。





「えっと…煮立ったらお醤油を入れて…」



夕方の六時頃。
今日にはなにがなんでも帰って来るからと連絡を受けたミツバは、疲れて帰って来る弟のために料理本を開いていた。


ミツバは何もかも辛くしてしまうことを除けば料理は人並みに出来る。しかし、面倒と時間を要するものは昔から体が弱いせいで作る機会はなかなかなかった。



それを今、昔よりは体調が良くなっているからとはいえ長時間台所にたっているのは、弟のためもあったが、誕生日に自分にちょっとしたご褒美ということで手が出ない料理に挑んでいるのだ。




七味唐辛子やタバスコをぶちこみたい欲求を抑えて、レシピ通りに作る。


我ながら、なかなかいい出来になりそうだ、と笑って蓋をする。
あとは味が染みるまで煮込むだけ、と息を吐いた時、インターホンが鳴り響く。



時計を見ると、弟が帰ると言っていた時刻になっていた。



「そーちゃんかな…はいはい、今開けます」



とにかく美味しいご飯を一緒に食べて楽しい誕生日を過ごそう、話はそれからだ、とミツバは玄関へ駆けた。


彼のことだから、第一声はただいまではなくおめでとうなのだろうな、と思いながら扉を開けると。




「…よう」



思っていたよりも高い目線が、そこにいた。


この三週間、会いたくても会えなかった、何を話していいか分からずただ避けていた男が、そこにいたのだ。




「と…十四郎、さん…」


「お前、ドアスコープくらい確認しろよ。俺が危ない野郎だったらどうすんだ」


「ご、ごめんなさい、そーちゃんだと思ったから…」



いきなりの土方の来訪にミツバは戸惑うしかない。


弟と話してから土方と話すつもりだったのに、これでは。



「悪いな、急に押しかけて」


「いえ…どうぞ、中に…」


「いやいい。すぐ帰るからよ」



すぐ、という言葉にミツバの心臓が高鳴った。


思わず、ドアノブを強く握り締める。



「悪いな…色々悩ませちまって…」


「十四郎さんが謝らないで下さい…私が、一人で勝手に…」


「いや、お前が総悟を置いてけねぇって思うのは、分かってた。お前ら本当仲いいからよ。姉弟じゃなけりゃ、俺の入る余地はなかったくらいだぜ」



ふと、弟の顔が浮かぶ。
幼い頃からずっと一緒に生きてきた、たった一人の肉親。
彼を一人にすることは、出来ないししたくない。でも、それでも。




「俺は…家族なんていねぇからよく分からねぇし、お前らの仲に嫉妬したことも、たまにある」


「そ…そうだったんですか?」



気付かなかった。
弟が二人の間に割って入った時にも、面倒臭がるような表情こそすれ、嫉妬などといった、そんなことは。



「俺は総悟よりお前と過ごしてねぇし、俺の知らないお前を総悟は山ほど知ってる。だから、お前が総悟と離れたくないってなら…それでもいいと、思ってた」


「…」


「お前はお前の好きなように生きればいい。お前の人生だからな。
離れても俺は、お前に何かあったら絶対飛んでいくから。お前が幸せなら、俺はそれでいいんだ。
でもな…このまま行っても多分一生後悔するだろうって気付かされた…誰かさんにな」



きっとそれは、弟だろう。
訳もなく、そう思った。




「だから…また悩ませちまうことになるかもしれねぇが…悪あがき、させてくれ」




そう言うと、土方はポケットから白い生地の小さな、片手に納まるほど小さな袋を取り出した。
そして、割れ物を扱うかのように丁寧に摘みあげたのは、銀色の細い鎖。


ミツバの細い首に通されたそれは、しゃらりと音を小さくたてて繋がれた。




ゆっくりと、通されたネックレスに目をやると、重力に従って下る鎖とミツバの首に回っている鎖の丁度中間地点に、銀色の輪が通されているのが見えた。


内側に『T to M』と彫られているのを見付けて弾かれたように土方を見ると、照れも焦りもない、真っ直ぐな、悲しいくらい真っ直ぐな瞳がそこにあった。




「矛盾してんのは、分かってる。けど言いてぇんだ、どうしても。ずっと前から思ってたことを」


「十四郎さ…」



知らずに流れていた涙を拭われて、ミツバは呆然としたようにただ立っていた。立って、土方の声を聞いていた。




「俺の傍にいてくれ、ミツバ。これから俺と、一緒に生きてくれ」


「それ、って…」


「愛してる。世界で一番、お前を…」




初めてのことだった。
土方が弟に嫉妬していたことを聞かされるのも、真っ直ぐな言葉を土方から聞かされるのも、プロポーズされるのも。




「…じゃあな、俺行くぜ。体大事にしろよ」




背を向けて、土方は玄関から離れる。門を抜けていく。離れて、しまう。




「っ…十四郎さん!」



金縛りが解けたように駆けて、彼の名を呼ぶ。


背後で閉まる扉の音が、やけに遠くに聞こえた。




呼び止められた土方は、一度立ち止まってミツバを見たが、追いかけては来ないことを知るや柔らかく笑った。
それは、鬼と呼ばれる男には見えないほどに、優しいものだった。




「誕生日おめでとう、ミツバ。…俺と会ってくれて、ありがとな」





頭の中が真っ白になった。
離れていく土方の後を追いたいと思っても、足が地に貼りついたように動かない。


静かに揺れる、綺麗な指輪に通る鎖から手が離せない。



嬉しくてたまらないのに、悲しくてたまらない。





土方の後ろ姿が見えなくなっても、ミツバは家に入ろうとせずにいた。



どうしたら、いい。
どうすれば、いい。
何も分からないまま、溢れだす涙を拭いもせずただ泣いていた。



土方の声が、まだ鼓膜に残っている。繰り返し、彼の声を響かせている。




「…姉上」



は、と涙を拭くのも忘れて振り返ると、夕闇の中に佇む弟が、そこにいた。



「そーちゃん…」


「あの野郎、やりやがったな…土方のクセに思い切りやがって」




いつもの口調で、まるで縁側に二人で座っている時のような話し方で淡々と。


ミツバが呆然としていると、総悟は彼女の首に通された銀の輪を一瞥してゆるく笑った。




「それ、ずいぶん前から用意してたみたいですぜ。近藤さんに選ぶの手伝ってもらったそうでさァ。はたからみたらゲイカップルだっつーのに」



総悟がゆっくり近付いて来る。
いつの間にか身長を追い越されてしまっているな、とどこか冷静に、今更ながら思っていた。



「姉上…おめでとうございます」


「そーちゃん…?」


「奴じゃなきゃ、俺は姉上が何と言おうと一緒には行かせやしませんでした。でも…奴なら…土方さんなら、姉上を任せられやす」



そーちゃん、と言いかけた言葉は、詰まって出なかった。


総悟が、ミツバを抱き締めたからだ。




「姉上、姉上…ミツバねーちゃん、ごめん…俺がいつまでもガキで、不器用だったから…言えなかった…」



一度強く、ぎゅっと抱き締めて総悟はミツバを離した。
それでも、ミツバの肩を掴む手は痛いほど強く。




「ねーちゃん…ねーちゃんは、ねーちゃんのしたいように生きて下せェ。俺は平気でさァ、近藤さんが、ねーちゃんが…気に食わねぇけど、土方さんが俺をここまでにしてくれたから…俺は、一人じゃねぇから」



手の力を弱めた。
今まで手放したくなかった、大好きな姉の背中を、押すために。



「一番好きな奴のところに…一番一緒にいたい奴のところに、行って下せェ」




そして、手を離す。
二人の視線がかち合い、二人にしか分からない、言葉のない会話をした。



「…そーちゃん、ありがとう」



最後に、一番伝えたかったことを言葉にして、ミツバは駆け出した。
昔は急に走るなと医者から言われていたが、今はそんなことはない。大丈夫だ、姉は、大丈夫なのだ。


そして総悟は、家には入らず逆方向へ行く。今日のために注文しておいたケーキを取りにいくために。



「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー…ハッピバースデーディアねーちゃーん…」



日が暮れた住宅街に、泣き出しそうな優しい歌がゆっくりと流れた。














土方は一人、歩いていた。
不思議と覚悟していた緊張や鼓動は、今もさっきもなかった。
あるのは、穏やかな気持ちだけ。



「…言っちまったな」



ここからどうなるかは、ミツバ次第だ。


やるだけのことはやった、後悔はないし彼女が何を選ぼうと何も言うつもりもなかった。




たった一つ、残った望みは。



「(らしくねーよな…アイツの笑顔が見たかった、なんて…)」



あんな唐突なプロポーズを受けて笑えと言う方が無茶である。
だから、その最後の望みはそっと胸のうちにしまっておこうと思った。
その矢先に。




「十四郎さん!!」




聞き慣れた声が、聞こえた。
振り向くと、息を切らしながらこちらへ走って来る人影。


夕闇でよく見えないが、考える間もなく土方は腕を広げた。
その腕に飛び込んで来た細い体は、感じ慣れた女のもので。




「…あの、十四郎さん…」



土方が抱き締めるより前に一歩ミツバが離れた。そして、拳を土方の胸に突き付ける。
俯いていて表情は見えない。何を彼女が考えいるのか、分からない。


ただ反射的に突き出された拳の下に手を広げると、ぽたりと落ちた銀色。紛れもなく先程ネックレスとして渡した指輪だった。




まさか、いらない、と突き返されるのか。土方の心が騒めいた時、ミツバの拳が開かれた。左手が、突き出された。




「…付けて、下さい」


「…え?」


「ちゃんと、付けて下さい…十四郎さんが、私に…」




お前その意味分かってるのか、と言いたかったが、ミツバは子供ではない。その意味も重さも、十分分かっているはずだ。



恐る恐るミツバの綺麗な左手をとって、薬指に指輪を通す。
たった数秒のその時が、永遠に続くのではないかと思うほど長かった。



ミツバの細い指にピッタリ合ったそれを、彼女は愛しむように触れて、そして絞りだすように口を開いた。まだ、俯いたままだ。



「私…体が弱くて無茶なこと出来ないし…お料理も、辛いものしか作れないし…弟離れできてなくて、泣き虫で…すごく弱いけど…」



涙を袖で拭ったミツバが、顔を上げた。



「愛してます。世界で一番、十四郎さんを…」



嗚呼、永遠に忘れられない瞬間とはこのことを言うのか、と土方はその美しさに見惚れた。




「不束者ですが…よろしくお願いします…」




そう言って、深々と頭を下げたミツバ。土方の内にある何かが、決壊した。



「ミツバ…」


「…十四郎さん?」


「ミツバ…ミツバ…っ…」


「どうして、泣いてるんです…?」


「っ…お前のせいだ、ぶぁか!」




せっかく男らしいところを見せたのに台無しだ、ちくしょう!



だが、ミツバが笑ったのを見て、そんなことはどうでもよくなった。



互いに涙を拭いて、唇を寄せ合う。




沈んで行く夕日は、二人を見守るようにゆっくりと辺りに光を残していった。












六月の頭。
人が行き交うターミナルに、一際目を引く集団があった。


大勢の男が、駅の見送り室に身を寄せ合っていたからだ。



「トシ!達者でなぁ!」



中でも、声は明るくても顔で大泣きしている近藤は、知らぬ人が見ればただのゴリラだ。何を言っているのかすら分からない。



「寂しくなります、副署長…」


「何言ってやがる山崎。内心俺がいなくなってせいせいすんだろ」


「そんなことないですよ!…あれ、そう言えば、ミツバさんは?」



近藤のティッシュ提供係になっている山崎に顎でさせば、その先に集団から少し離れてミツバと、総悟がいた。


別れの挨拶をしているのだろう。




「結局、着いていくんですね、彼女」


「ああ」


「よがっだなぁトシ!あんな〇★◇◎¥∞」


「何言ってるか分かんねーよ鼻かめよ近藤さん」


「ぢーん!!」


「ちょっと署長俺の上着がァァァ!!」


「ああすまん…ところでトシ、新婚生活の準備は万端か?」


「し、新婚ってアンタ何を…」


「まだなのか?なら俺がお妙さんと使おうと用意しておいたものを譲ろうか。イエスノー枕とか…」


「いるかァァァ!」





別れの挨拶なはずなのにやけに明るい男衆とは対照的に、姉弟の方はしんみりとしていた。
ミツバの決断に総悟は何も言わず賛成したが、内心ではやはり。



「そーちゃん、体には気を付けてね。何か合ったらすぐ行くから」


「大丈夫でさァ。姉上こそ体に気ィつけて下せェ。土方に泣かされたらいつでも奴を仕留めに行きやすんで」



わざと明るい方向に持って行こうとしているのが分かった。
そんな弟を、姉は優しく抱き締める。



「貴方は私の大事な弟。会いたくなったら会いに来るし、電話もするわ」


「ねーちゃん…」


「貴方は私の誇りなの。頑張ってね、総悟くん」



久方ぶりに名前を呼ばれて泣きそうになるが、湿っぽいのは嫌いだと堪える。


そんな姉弟を、土方は優しく見守っていた。













「十四郎さん!朝ですよ朝!」


「やべぇぇぇええ!寝過ごしたぁあああ!」


「朝ご飯どうします?」


「激辛トーストだけくれ!眠気覚ましだ!」




そして、始まる新しい生活。
広くはないが、土方とミツバ、二人の空間に日常はすぐにやって来る。



「トーストくわえて出勤なんて、ラブコメのヒロインみたいですね」


「そうだな…ってそんなこと言ってる場合かよ!ちくしょうあの松平って奴、遅刻した奴には有無を言わさず発砲しやがるし…」


「愛故ですよ。あ、十四郎さん、ネクタイ曲がってる…」



ミツバが土方のネクタイを正す。朝の忙しい中、ふと訪れる新婚の雰囲気。



「はい、出来ましたよ」


「…悪い、じゃあ行って来る」


「今夜はロールキャベツですよ」


「了解、犯人締めあげて飛んで帰って来る」




行ってらっしゃい、行ってきます、のやり取り。


それだけで、土方は今日一日がいい日であるような気がしてくる。



そして、帰ればただいま、おかえり、のやり取り。



それだけで、土方は今日一日が楽しみになる。




トーストをくわえて、慣れた口内の爆発を眠気覚ましに走る。



始まったばかりの日常は、幸せと言う名を隠して二人の毎日を支えているのだった。













(土ミツバースデー完結です!ありがとうございました!)

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