「飲むに飲まれず飲んでも飲まれるな」




 土曜の夜、プロンテラの冒険者向けの小さな酒場でのことだった。
 その日は一人二人の姿は普段より少なく、少人数のグループが複数でテーブル席を埋めていた。
 惨事の発端は、昨日恋人が出来たとかでやたらに機嫌の良い店主の一言だった。
「今からアサイー酒の飲み勝負して、一番の奴は飲み代チャラだ!」
 仕入れすぎた不良在庫らしい木箱の山は、ただでさえ広くはない店内の空間を確実に占拠していた。

 それに真っ先に食いついたのは、男四人連れの内の一人のチェイサーだった。
「マジすか!? 俺やる! ホントにチャラになるんだよな!? 俺やるぞ!」
「はぁ……いいんじゃない別に。実にバカっぽくて君らしいよ」
「先生はいちいちうるせーな!」
 同席のプロフェッサーの背中をバンバン叩く様子は、既に酔っているようにも見えた。


 隣のテーブル席にいたアークビショップの男が、半分ほど残っていたトロピカル・ソグラトを一気にあおってそれに続く。
「おい俺もやるぞ! 持ってこい!」
「あの……マスターもう相当飲んでるんじゃ」
 烏龍茶のグラスを持っておろおろするロードナイトの青年に、レンジャーの女が応える。
「ほっとき、この野郎ザルだべさ。潰れたとこで捨ててきゃよかとよ」


 一番奥の少し大きいテーブルからも声が上がった。シャドウチェイサーの男だった。
「俺も乗ーった。姉ちゃん、じゃんじゃん持ってきてちょ」
「おいやめとけよ……あのアクビさっきからえらい飲んでるけど顔色変わってねーぞ」
「大丈夫大丈夫」
 ほんのり顔が赤いプリーストの肩を叩くと、シャドウチェイサーは無邪気に笑った。


「なんか、ギルド対抗戦みたいだな」
 シャドウチェイサーたちの席のスナイパーの男がぽつりと呟くと、一瞬狭い店内が静まり返った。最初に名乗りを上げたチェイサーたちの席のプロフェッサーの男が、冷静にテーブルごとの人数を数える。
「四人と五人と五人。ウチだけ全員男だから一人分ペナルティとして、総力戦なら対等条件だな」
 店主の男は迷いなくそれに乗ってきた。
「面白そうだ! 勝ったギルドが飲み代タダ、優勝者は次の飲み代タダにしようじゃねーか!」
 こうして、お互い初めて顔を合わせる面々による、ギルド対抗飲み比べ大会が始められてしまったのだった。


 男四人の席では、ホワイトスミスとハイプリーストが、チェイサーとプロフェッサーの頭を店のメニューで殴っていた。
「いたっ」
「あんたたち何やってんのよ! 勝てなかったらただでさえいつもより多い飲み代払わなきゃならないのよ!?」
「バカか? バカなのか? なあ俺の財布に今いくらあると思う? そしてそれは誰のせいだと思う? ピンチになるたび誰がカートターミネーションしてる?」
 ポリン焼酎・桃の舞を既に一本空けたハイプリーストが、チェイサーの首根っこを掴まえてオカマ口調で叫ぶ。目が据わっているホワイトスミスは、プロフェッサーに鼻同士がくっつくくらい近付き、ぶつぶつと説教を始めた。
「うっせーうっせー!! 勝てばいいんだろぉ!!」
「ちょっ、マスター、眼鏡汚れるんで離れてください」


 隣のアークビショップたちのテーブルのメカニックの男が、その様子をじっと観察していた。
「……ハイプリと教授が強そうだな」
「俺絶対最初に潰れるんですけど……」
 顔を青ざめさせるロードナイトの横で、シャドウチェイサーの女がわっと泣いて突っ伏した。
「そして明日私は二日酔い楢漬け臭女として避けられるんだわ! すれ違ったイケメンに引かれるんだわああ……!」
「お前はフられる度に朝までヤケ酒してんだから鉄の肝臓持ってんだろ」
「マスターひどいです!! うわあぁぁん……」
 シャドウチェイサーをよけいに泣かせたアークビショップが、奥のテーブル席の一番手前にいるスナイパーに向かって話しかけた。
「よお、そっちは美女と美男子ばっかじゃねーか? 強そうにゃ見えねーけど、いいのかよ」
「……“そっちは”たぁどーいう意味すかねえ」
 レンジャーの女に肩を思い切り掴まれても、アークビショップはさらっと無視した。スナイパーの目をじっと見て、不思議な色合いのオッドアイ、と内心感嘆した。
「お察しの通り、俺やこいつは戦力外。けどあとの三人はそうはいかねーぜ」
 スナイパーはそう言うと、既に顔が真っ赤になっているレモン色の髪のプリーストの目の前で意識を確認するように手を振った。
 そうはいかないらしい内に含まれた剣士の少女が、にっこり微笑んだ。
「始めましょう? 負けないですよ」


 それを合図に、大柄な女性店員が三つのテーブルに木箱を一つずつ運んだ。中にはアサイー酒四百ミリリットル瓶が一ダース。
「ルールは単純だ、テーブル単位で瓶を多く空けられたところが勝ち。個人で空けた本数が一番多い奴がMVP。潰れたり吐いたりした奴は脱落だ。他のお客さんは、観戦して楽しんでくれや」
 他のテーブル席やカウンターにまばらに座る一人飲みの客たちが、にわかに盛り上がり始める。退屈な土曜の夜にはもってこいのイベントだろう。
「アクビの兄ちゃん、負けんなよ!」
「お嬢さんたち大丈夫かよ? 潰れて変な男に連れてかれないようにな」
「一つ人数足りねーじゃんか、いいのかよ」
「楽しませてくれよ、全員早々に潰れて終わりなんて興ざめはごめんだからな!」
 三つの参戦席では、一人一本ずつ瓶やグラスが配られた。既に酔いが回りきっている者でも、青い顔をした者でもお構いなしだ。
「レディ……ゴー!」
 煙草をくわえる店主の合図に、四人と五人と五人が一斉に手を伸ばした。プロフェッサーやアークビショップや剣士の少女を含む何人かは、グラスを無視して直接瓶に口をつけていた。




「も、おれ、むりれす」
 かろうじてそう言い残して、赤いギルドエンブレムをつけたロードナイトの青年が鎧の音をたてて椅子から落ちた。一本目の瓶が残り少しといったところだった。
「……頑張った方かもしらんね」
 レンジャーの女が、ロードナイトが残した瓶を飲み干した。やっと一本空けたところの彼女も顔や首が赤く染まり始めている。
「うっうっ……この間のチャンプの彼が……一緒にお酒飲める子がいいって言うから……」
 泣きながらハイペースで四本目の瓶をあおるシャドウチェイサーの女は、最初からずっとこの調子である。
 メカニックの男は無言で二本目の瓶の中身をグラスに注ぐ。頭を回るのは酒よりも、内気なアサシンクロスの青年に頼んでギルドハウスに置いてきた、息子と娘のことだった。
(……あんまり飲んで帰ると、チビたちに嫌がられるんだよな)
 アークビショップはというと、四本目の瓶を空の木箱に投げ込み、店員に次の箱を催促していた。


「……おい、無理すんなよ」
 青いエンブレムをつけたシャドウチェイサーの男に案じられたスナイパーは、不自然に白い顔だった。それでも続ける気らしく、首をゆっくり横に振る。吐くのを堪えるように口元に手を押し当てていた。二本目の瓶が半分といったところだった。
 先程から明らかに危なかったプリーストは、もうテーブルに突っ伏して動く気配がなかった。一本も飲めなかったようで、隣のシャドウチェイサーの男がその分を引き受けていた。合わせて三本目を飲み終えるところだった。
「あなたも無理しなくていいよ」
 四本目を半分まで空けた剣士の少女が、白い髪に雪のような肌に真っ青な瞳のハイウィザードの女に言う。飲み比べなんてとても似合いそうにない可憐な雰囲気だ。しかしそのハイウィザードは、ぶんぶんと激しく首を横に振ると、四本目を一気飲みした。二つ目の木箱の中身が減っていった。


 唯一人数が少ない男四人のテーブルは、無言でひたすらグラスや瓶をあおり続けていた。
「……やばいな、最下位」
 三本目の途中のホワイトスミスが、あとの二つのテーブルを見てぽつりと呟いた。同じく三本目のカマ口調のハイプリーストがそれに応える。
「あらぁ、人数少ないんだからスタート遅れるのは当然よォ。他のトコでリタイア出始めてからが勝負じゃないの」
「しょ、そ、……そおーゆー……ことらろ〜?」
 三人が一斉に白い目でチェイサーを見た。二本目を空けてはいるが、次のグラスを握ることも出来ないだろう。
「……どの席にも言えることだよ。残った強い奴がどれだけ飲めるかにかかってるね」
 プロフェッサーは四本目の空き瓶をテーブルの端に並べると、少し遅れた二箱目を注文した。




 戦況は佳境に入っていた。
 赤いエンブレムのテーブルは、アークビショップの男とシャドウチェイサーの女を残して後は沈んでいた。
 ロードナイトの青年は床に落ちたままで、次にレンジャーの女が飲みながら眠りこけ、間を置かずメカニックの男がトイレへ駆け込み、出てくるなり倒れた。
「ったく軟弱者どもだな……まー吐くまで飲んだだけマシか」
「それでね……その彼、罠型じゃない影葱に存在価値ないって言うの……フられなくたってこっちからフってたわよぉおおおお」
 泥酔しているのか元々こうなのかわからなかったが、泣き上戸のシャドウチェイサーの女は、本数だけは相当を空けていた。こりゃフられる度に朝までヤケ酒ってのは本当なんだろうな、と観戦していた客の一人がぽつりと漏らした。
「おいおい、これ総合勝てるかわかんねーぞ? ……面白くなってきたじゃねーか、いい感じに酔ってきたぜ」
 アークビショップは、残り半分の三つ目の木箱を乱暴に蹴った。


 青いエンブレムのテーブルは、先程と同じく四人が残っていた。残ってはいたが、剣士の少女は飲むペースが落ち、スナイパーの男に至ってはずっと二本目の瓶を凝視して小刻みに震えていた。
「……私、そろそろよしておこうかな。レム、キャロル、頑張ってね」
 まだ余力があるように見えた剣士の言葉に、観客からは残念そうな声や罵声が飛んだ。雪のような肌の……つまりは顔が赤くもなっていないハイウィザードの女が、にっこり笑ってこくこくと頷いた。
 だいぶ頬に赤みが差してきたシャドウチェイサーの男は、反応のないスナイパーの肩を叩いた。
「おい、アーキュス……お前もやめとけ、やばいぞ」
 やはり返事がない。シャドウチェイサーが肩を掴んで軽く揺すると、スナイパーはばっと口を手で押さえ、椅子が倒れるくらいの勢いで立ち上がり、トイレの方へ蛇行走行していった。顔色が真っ青だった。
 うとうとし始めた剣士と、完全に落ちているプリースト、一心不乱に酒瓶を空き瓶に変える作業を繰り返すハイウィザードの順で視線を移すと、シャドウチェイサーは溜め息をついた。
 ギルド会話でこっそりと、まだ起きているであろうメンバーのクリエイターに、薬を用意してもらうよう伝えた。仕事があるからと飲みについてこなかった親友のホワイトスミスから、何を馬鹿なことをしているんだと理不尽な罵りを受けた。思わず蹴飛ばした三つ目の木箱は、もう空になっていた。


「へー、ホントに、追……いつく、もんだな」
 言い出しっぺのチェイサーだけが真っ先に潰れ、男三人が残った席では、やっとアークビショップたちのテーブルに追いついたところだった。
 ホワイトスミスの男はだいぶ顔が赤く、喉が酒焼けしたらしくひどい声だったが、まだ意識は正常だった。
「ねーっアタシが言った通りれしょー? けどー、みんな強いわねぇー」
「というか、あの影葱娘がここまで残ると思わなかった」
 カマハイプリーストもだいぶ酔いが回っていたが、プロフェッサーだけは開始時となんら変わった様子がなかった。


 観客がにわかにざわついた。青いエンブレムの席のシャドウチェイサーの男が、ぐったりして白旗をあげていた。四箱目が残り十本、白い髪のハイウィザードが一人で頑張っていた。
 また別のざわめきにプロフェッサーが目をやると、赤いエンブレムの席で女の方のシャドウチェイサーも突っ伏したまま動いていなかった。どうやら眠ってしまったらしい。アークビショップの男は意にも介さず、楽しげに瓶を空けていた。四箱目に突入したところだった。
「これはわからなくなってきた…………ね」
 自分たちの席に視線を戻したプロフェッサーは、思わず一瞬言葉に詰まった。ハイプリーストが椅子にもたれて眠っている。目をそらしたのはほんの一瞬のはずだった。それに気付いたホワイトスミスも、目を丸くしていた。
「マスター……まだいける?」
「あ゛ー……あと、ぢょっど……なら゛」
 酒焼けがひどいらしくせき込んだホワイトスミスは、次の瓶に手を伸ばした。多分これでリタイアだろうな、とプロフェッサーは残りの本数を確認した。三箱目は次の一本で最後だった。


 予想通り、次の一本でホワイトスミスが落ちた。その間に、プロフェッサーの男とアークビショップの男はハイウィザードの女に追いついていた。
 各テーブル一人ずつが残る状況に、観客のテンションは最高潮に達していた。
「姉ちゃん頑張れよ!! 男二人に負けんな!」
「あいつらバケモンかよ……」
「いや〜アクビが勝つだろこれは」
「いやいや、教授のテーブル一人少なかったんだぜ、あいつが一人で追いついたようなもんだ」
「俺ハイウィズに賭けるぞ!」


「さすがに赤くなってきたね」
 プロフェッサーに言われて、アークビショップは声を出して笑った。
「まーな。あんたは顔色変わんねぇな?」
「全然酔わない体質でね。酒が美味いと思ったことがないんだ」
「そいつぁいけねーな、人生の三分の二損してるぜ。よお、お嬢ちゃんはだいぶポーッとしてきたんじゃね」
 一言も喋らず飲み続けていたハイウィザードは、目つきが段々とろんとしてきていた。アークビショップの目を見て、ぶんぶんと首を横に振る。
 店員から貰った水を一気に飲み干して、椅子にぐったりもたれるシャドウチェイサーの男が通訳した。
「酔っちゃいないって言い張ってるけど、そろそろ腹いっぱいらしい」
「はっはっは! いいじゃねーか、女の子らしくてよ」
 テーブルごとの総合本数は、三つとも並んでいた。個人の本数は店員が数えているらしいが、もう観客も当人たちも、何本飲んだかなんて覚えてはいなかった。


 次の次の瓶を飲み干したところで、ハイウィザードが突然倒れた。店員や客が焦る中、シャドウチェイサーの男が剣士の少女とプリーストの青年を叩き起こした。少しだけ酔いがさめたらしいプリーストは、倒れているハイウィザードとスナイパーを軽く診て、呆れていた。
「……だめだ、これ。二人ともすぐ処置したほうがいい。すみません、俺ら引き上げます」
「最後まで見たかったけど……負けちゃったからな、残念」
 頬がほんのり赤くなっている剣士の少女が、けど楽しかった、と五人分の飲み代にしては少し多い額を払った。一部の観客から、ハイウィザードの健闘を称える拍手が起こった。
 剣士はそのままハイウィザードを横抱きにし、もう立ち直り始めているシャドウチェイサーの男がスナイパーを肩に担いだ。
 プリーストがワープポータルを詠唱すると、病人を抱えた二人は急いでそれに飛び乗った。発動者のプリーストもそれに乗り込もうとした時、ハイウィザードと競っていたアークビショップが呼び止めた。
「伝言板にしちまって悪ぃけどさ、あのハイウィズの嬢ちゃんにナイスファイトって伝えといてくれ。あと食えない剣士に次は本気出せってのと、影葱の兄ちゃんにあんたとは美味い酒が飲めそうだってのも」
「注文多いな……わかったよ。俺ずっと潰れてたからよくわかんねーけど、あんたらも倒れる前にやめとけよ」
 プリーストが消え、青いエンブレムの一行は帰っていった。


 アークビショップとプロフェッサーの一騎打ちは、なかなか決着がつかなかった。
「あっはっはっは! おい、あんた強いな! ここまで俺と飲んだ奴なんてなかなかいねーぜ!?」
「言ったでしょ、酔わないんだって。……けどさすがにそろそろ、腹が膨れてきちゃってね」
「俺もすっげーションベン行きてー! あっはっはっは」
 先程から同じタイミングで瓶を空けているので、総合数は同じらしかった。プロフェッサーが、借金覚悟でリタイアを申し出るべきか迷い始めた時、アークビショップがパァンと手をたたいて乱暴に立ち上がった。
「やめ! 負け、俺の負けでいいや。今日はあんたに譲る。つか、もうマジ我慢出来ない、便所行くわ」
 アークビショップはそう言うと、トイレまでの通路に転がっている自分のギルドメンバーのメカニックをわざと踏んで行った。
 しばらくしんと空気が静まり返った後、わっと四方から拍手喝采が巻き起こった。
「教授の兄ちゃんおめでとう!! 俺はあんたが勝つと思ってたぜ!!」
「よくやった! お疲れ!」
「すげぇ!! 人間ってこんな飲めるもんなんだな!」
「ABもハイウィズもすごかったけどな!」
「おめでとー!!」
 プロフェッサーは目を瞬かせて、カウンターから出てきた店主に向き直った。
「おめでとう! あんたら四人の飲み代は約束通りチャラだ!」
「あ、どうも。個人消費本数トップって誰でした?」
「惜しいな、二本差であっちのアクビの兄ちゃんだ。途中からあんたらのとこと人数逆転してたしな」
「そう……別に狙ってたわけじゃないのになんか悔しいな」
 ちょうどトイレから出てきたアークビショップの男が、それを聞いて大笑いした。
「あんた面白ぇー! 今度はサシで飲もうぜ、酒の楽しさ教えてやるよ! あんなしかめっ面で飲んでちゃ美味いもんも美味くねーし! んで何、トップ俺?」
「おう、今度来た時はタダにしとくよ」
「サンキューおっちゃん! んじゃ今日の分払うわ」
 アークビショップはそう言うと、未だに気絶しているメカニックの懐を勝手に漁り、その財布から会計をした。そして観客の騒ぎに意識が戻り始めたロードナイトの青年とレンジャーの女に気付かれる前に
素早く財布を戻した。
 三人を起こそうとしていたプロフェッサーが、一部始終目撃して呆れた。
「……君、それはいいの?」
「いーのいーの、こんなんパパにとっちゃノーグ二時間分だ。んじゃ、こいつら寝かせなきゃなんねーから帰るぜー、またな」
 アークビショップは半分意識があるロードナイトとレンジャーを引っ張って立たせ、店の外へ連れて行った。ペコペコの暢気な鳴き声が聞こえたので、乗り物係というところらしい。二人を置いて戻ってくると、完全に眠っているシャドウチェイサーの女を肩に担いだ。観客や店員が手伝い、メカニックの男とカートも運ばれていった。


「あんた、もう少し飲んでいくかい?」
 店主からそう言われたが、プロフェッサーはやんわりと断った。
「一人で来てるわけじゃなし、やめておくよ。ハラ出しどもに風邪でも引かれると面倒だしね」
 彼のギルドメンバーは、三人とも気絶している。ホワイトスミスのカートにチェイサーとハイプリーストを投げ込むと、なんとプロフェッサーはそれを軽々と引いて、ホワイトスミスを肩に担いで店を出ていった。
「……あれって、プロフェッサー……だよな」
 客の呟きに、誰ともなくみんな頷いていた。




 店の外には、まだアークビショップたちの一行がいた。といっても、意識があるのは彼くらいで、あとはウォーグとペコペコの上で眠りこけているようだった。
「おいおい、あんたそれで帰る気かよ!?」
「いや、よくあることなんだ。いつも三人で勝手に盛り上がって勝手に潰れるからね」
「そういう問題か? ……いや、俺の知ってるセージの先生とはずいぶん違うなと思ってよ」
「ああ、僕は殴り型だからあまり似た人はいないと思うよ。その分、攻撃魔法の類はほとんど扱えないしね」
「はー、変わってんなぁ……。なあ、マジで今度飲もうぜ。あそこまで潰れずに付き合ってくれそうな奴、人生で二人目なんだ」
「都合が合えば構わないけど、君ほど飲める人が世界にもう一人いると思うこと自体が恐ろしいね」
 あれはそれこそ本気じゃなかったろうし、とプロフェッサーが内心呟くと、アークビショップは初めて神妙な顔つきを見せた。
「……や、もういねーの。たぶん死んだ」
「ああ、そうなんだ」
 アークビショップは、特に悪びれるでも慰めるでもないプロフェッサーの顔をまじまじと見た。
「なんとなーくあんたに似てるよ。髪の色とか鼻筋通って整ってるとことか、こう、人を微妙にイラッとさせる辺りとかが」
「不快にさせたならすまんね」
「いんや、単に俺が懐かしがってるだけ。そいつアサシンだったんだけど、毒が効かないから酒も効かないんでさ、とかワケわかんねー冗談言っていつも俺と大酒飲んで、こいつに怒られてたんだわ」
 ウォーグの上のレンジャーの女の背中をバシッと叩いて、アークビショップは笑った。
「あんたら、古い付き合いか?」
「そうだね、十年になるよ」
「いいな。お仲間さんにもヨロシク言っといてくれ。白スミスの兄ちゃんも結構頑張ってたしな」
「明日は二日酔いで死んでるだろうから、明後日伝えておくよ」
 どちらともなく二人はくすくす笑うと、お互いの帰る場所へ向かって歩き出した。
「じゃあ、またな!」
「また」
 プロフェッサーは、全く酔わないことからあまり酒自体が好きではなかったが、今日少しだけその考えを改めた。人との出会いというきっかけには、これも十分ありかもしれない、と。





20111206
























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