「タイムトラベラー」




 ゲフェンタワー内部、地下ダンジョンへの入り口の一歩手前に、ウォーロックの男が俯いて座り込んでいた。全身から青いオーラが立ち上っている。
 その周囲には、素人目に見ても尋常でない魔力を持つ装備品が無造作にばら撒かれている。
 逆にウォーロックは、その辺りの店で適当に買ってきたような貧相な装備を着けていた。
「いいんですか? 消えちゃいますよ」
 声に顔を上げると、ノービスの少女がいた。困ったように小首を傾げて、じっと散らばる装備品を眺めている。
「神器とか混ざってる気がするんですが」
「……欲しければ持ってっていいよ」
 覇気のない声だった。ノービスの少女は首を横に振ると、黙ってウォーロックの隣に座った。
「やっぱいらないよね。当然か。今日で全部終わるんだから」
 ウォーロックは自嘲気味にそう言うと、地下の寒さに身を震わせた。肩のフードを被り直す。
 ノービスは喋ろうとせず、じっとウォーロックの青い瞳を見つめていた。
「僕は一体、何を積み重ねてきたんだろうな。世界の終わりがこんなにあっけないなんて思わなかった」
 ウォーロックは虚ろな瞳でぼんやりと自分の手を見つめて、抑揚のない声で続けた。
「暇なら、独り言を聞いてくれないか」
 無言を肯定と取ったのか、ウォーロックはぽつりぽつりと話し出した。




「僕は同郷の友達に誘われて、冒険者になったんだ。それまでは普通に学校へ通って、街で仕事をして暮らしていた。最初はわからないことだらけだったし、大変だったよ。けど、いつもその誘ってくれた友達がいたから、楽しかったな。僕は元々大人しくて地味な方でね、前に出て戦うのは怖いと思って、マジシャンを選んだんだ。誘ってくれた友達は剣士だったから、ちょうどよかったよ。冒険者になってから一月くらい経った頃、初めてパーティーの募集を出したんだ。プロンテラの南門の前で、その剣士の友達と二人で看板立ててさ。すぐにシーフの女の子とアコライトの男の子が来て、待つ間も色々話したよ。レベルはどのくらいかとか、冒険者になる前は何してたかとか、カードが出たから武器を買ったばかりなんだとか……。しばらくして商人のお姉さんが来て、じゃあこれで行こうってなってさ。オークダンジョンに行こうかって話してたんだけど、五人だし商人のお姉さんが回復剤を積んでおいてくれるって言うし、念属性の魔法があるならゲフェンダンジョンに行けるんじゃないか、って誰かが言ったんだ。アコライトの男の子がポータルを持っててすぐ来れた。いつかプリーストになったらグラストヘイムのカタコンベに殴りこみに行こうと思って取ってあったんだってさ。その子が退魔師になるの? って訊かれてしばらく考えた後に、そういえば俺って純支援だったな、ってぼそっと呟いたもんだから、飲んでたミルク噴き出しちゃったよ。……あんまり喋らない人だと思ってたのに急に噴くもんだから驚いたよ、ってシーフの女の子に笑いながらバンバン背中叩かれた。友達も失笑してたなぁ。……それで、商人のお姉さんのカートに友達とシーフの女の子がミルク積んでもらって、僕もアコの男の子も持てるだけ持って、ゲフェンダンジョンに入ったんだ。二層までハエの羽で飛ぶなんてのも初めてでさ、マップを見たら一発で着いてる人とか居て、焦ったなぁ。それで急いで行ったら、最初に着いてたのがアコの子で、ポイズンスポアに囲まれまくってヒール連打してて……商人のお姉さんがダッシュで来てカートレボリューションで一掃してくれたけどね。で、二層に入ったらいきなりナイトメアがわんさか居てさ。前衛三人でタゲを分散して、ソウルストライクで一体ずつ落としていったんだ。友達が火武器しか持ってなくて、途中からジャックは全部シーフの女の子がタゲ持ってたなぁ。囲まれたのも最初だけで、その後はすごく順調だったよ。他のパーティーとも時々すれ違ったけど、敵が全然いない時とかもあってね。シーフの女の子が調子に乗ってスティール入れまくってたら、急に青箱! って叫んでビックリしたよ。ナイトメアが落とすんだね、その時初めて知った。アコの子と僕のSPが危なくなったら座ったり、全員で素手になって白い草叩いたりして。……三層の入り口になる崩れた廃墟の辺りまで行ったところで、急に先頭から悲鳴が上がったんだ。友達とシーフの女の子が倒れてた。二人は逃げてって叫んでた。見たことない敵がいたんだ、剣みたいな。オーガトゥースだった。商人のお姉さんが僕ら後衛を守ろうとして前に走ったけど、やっぱり一振りでやられちゃった。次にそいつは僕を狙ってきて、どうしたらいいかわからなくて硬直してる間に痛い一撃貰って、やっぱり倒れた。アコの子は最後だったからさすがに判断が追いついたらしくて、斬られる直前にテレポートしてくれた。早々に倒れた二人が、アコさんだけでも助かってよかったねーなんて言った直後に、パーティー会話でアコの子がダメだーやられたーって叫んで……本当に全員一撃でやられたから、かえってあんまり痛くもなかった気がするよ。オーガトゥースはそのままどっかに行っちゃった。強すぎ! 勝てるわけないね! なんて笑いながら話してたら、三層へ行くところっぽいプリーストのお姉さんが通りがかって、起こしましょうか? って訊いてくれたんだ。けどアコさんだけ違うところに居たし、商人のお姉さんのカートもだいぶ軽くなったらしいから、戻りますって言った。プリーストのお姉さん、何を思ったか突然そこにあった白い草を殴り始めてさ。どうしたのかと思ったら、白い草が落とした花を僕ら四人が倒れてる真ん中あたりに放って、なむーって言って立ち去っていったよ。わざわざ花添えてくれた! って四人で爆笑してたら、アコの子が俺も混ぜてくれよって拗ねてたから、全員で冒険者登録証の機能で街へ戻ったんだ。そしたら、シーフの女の子がパーティー会話で、うおっモロク!! って叫んで……他の四人はプロンテラに居るからって、カプラの空間移動で飛んできたよ。商人のお姉さん、その分ちょこっとだけ清算多めに渡してたな。その日はそれで解散したんだけど、パーティーがそのままだったから、次の日もまた行こうかって話になってさ。……はは、よくある話だよ。そのままパーティーがギルドになったんだ。アコライトの男の子がギルドマスターになって、四人ともそこに入ったんだ。本当、あの頃はとても楽しかった。ウィザードになるのだってとんでもなく長い月日がかかった気がするし、装備なんて持ってなかったし、全然強くなかったのに、いつ思い返してもあの頃が一番楽しかったんだ」




 ノービスの少女は、ずっと黙り込んでひたすらウォーロックの話に耳を傾けていた。独り言と元々言ってあったためか、ウォーロックはノービスが話を聞いているかどうかは特に気にしていないようだった。撒かれていた高そうな装備は、もうとうの昔に消滅してしまっていた。




「でもさ、年月なんて、虚しいものだよ。それからすぐ、友達は冒険者をやめたんだ。親父さんが倒れてね、家業を継がなくちゃならなくなってさ。本当は剣士続けたかったけど、って、持っていた装備を全部僕にくれた。今見たら、笑っちゃうような装備だよ。回復のサンダル、スピードアドベンチャースーツ、イノックシャースフード……今着けてるのは、性能だけは彼から貰ったものと同じだけど、モノは違う。残ってないんだ、彼の装備。もういつだったかも忘れちゃったけど、倉庫の数を圧迫してたから、売り払ったような気がする。……情けない話だよね。今になって、僕はあの彼の装備が欲しくて欲しくてたまらなくなったんだ。本当、情けない。どうして手放してしまったんだろう。この世界が終わるって知った時、最初に思ったことがそれだったよ。……商人のお姉さんは、ブラックスミスに転職したけど、だんだんギルドに顔を出さなくなった。久しぶりに来た時、冒険者をやめることになったって言われて、やっぱりなって思った。実家に帰った時に話が出たとかで、結婚することになったんだって。相手は一般人だから、自分も冒険者を続けるわけには、ってさ。お姉さんの装備は、一番仲が良かったシーフの……いや、その頃はもう転職してたな、アサシンの女の子が貰ってた。戦闘型だけど引退する前に打ちたいって言って、ギルドマスターのブレッシングを受けて、何本分も材料を無駄にして火ダマと風ダマを作ったんだ。もちろん、アサシンの女の子のためにね。僕にも作ろうかって言ってくれたけど、断った。……魔法使いだから持っていても武器が浮かばれないって言ったけど、本当は、名前のなくなった武器を持ち続ける勇気が僕にはなかったんだ。ギルドマスターは、メイスを打って貰ってたけどね。……僕は、その後すぐにギルドを抜けた。臨時で一緒になったGvギルドの人に、ずっと誘われてたんだ。結局プリーストになるところを僕は見られなかったギルドマスターと、アサシンの女の子は、笑顔で見送ってくれたよ。やるなら徹底的に強くなっちゃえよ、って。……その二ヶ月後くらいかな、ギルドマスターから久々にWisが来てさ。アサシンの子が、死んだって言うんだ。アサシンギルドから使いの人が来て、遺品を渡されたって。どっかで会えないかって言われたけど、申し訳ないけどGvの準備で忙しいからって言っちゃったんだ。……怖かったんだよ。あの子は明るくて、ギルドのムードメーカーだった。冒険者をしていれば、いつそんなことになったっておかしくないっていうのに、僕は親しい人間の死を認めたくなかったんだ。時々、プロンテラでプリーストになったギルドマスターの姿を見かけることはあったけど、怖くて意識的に避けていた。勝手な人間だな、と思ったよ。僕は本当に、勝手で弱くて、どうしようもない人間だ。……モンスターを倒して、Gvギルドの一員として砦を落として、金やいい装備を手に入れて、僕はそれで強くなったつもりだったのかな。そうやって、強くなろうとしていたのかもしれない」


 ウォーロックは、初めてノービスの少女の方をまともに見た。彼女は無表情に近かったが、瞳には悲しみの色が濃く湛えられていた。
「僕が何歳くらいかわかる? ……転生して、老化がほとんど止まって、三次職になって、ずっと戦って……こんな外見してるけど、君の五倍はいってると思うよ。そんな長い間、僕はこの世界で、一体何をしていたんだろうな。ともかく、今日で全部全部終わりか。……世界が終わったら、またみんなと会える気がするんだ。マジシャンの頃、初めて組んだ臨時公平パーティーみたいに、また楽しく遊べる気がする。だからかな、気がついたらここに来ていたんだ」
 悲しい瞳をしたノービスは、ウォーロックの青い瞳を覗き込んだ。薄い涙の膜が張っているように見えた。
「この世界で、あなたは仲間を見つけたんじゃありませんか?」
「……仲間」
「そうです。仲間がいたから、世界が終わったらまた会えるって思うんですよね。だったら、あなたはその仲間を見つけるためにこの世界に存在したんですよ」
 青い瞳から、ぽろっと大粒の雫がこぼれた。
「じゃあ、僕は存在していてよかったんだな」
 ノービスが悲しい瞳のまま微笑んで頷くと、ウォーロックは立ち上がった。そのまま、ダンジョンの入り口の方へ歩いていく。
「ありがとう。なんだか、少し吹っ切れたよ。あのままあそこで蹲って世界が終わるのを待とうと思ってたけど、気が変わった。前衛もいないし、ヒールも来ないけど、少しだけ奥で遊んでくるよ」
「うん。頑張ってください」
 ノービスはウォーロックに近付くと、布袋を手渡した。受け取って中を覗くと、ミルクが数本入っていた。
「手持ち、あまりなかったんですけど」
「……いや、ありがとう。すごく嬉しいよ。君、名前はなんていうの?」
「私、パスカと言います」
「覚えておくよ。仲間の名前と一緒にね」
 ウォーロックは幸せそうに微笑んで、ゲフェンダンジョンの中へ消えていった。


 ノービスの少女は、首からさげた古い懐中時計を開いた。長針が、十二のやや手前を指している。
「あの人、幸せだったのかな」
 ぽつりと呟いて、ノービスは時計の文字盤にそっと触れた。すると指先に赤い光が灯り、やがて全身を包んでいく。
 頭の先からつま先まで赤い光に包まれると、ノービスの姿はフッと消えた。まるで最初から何もなかったように、ゲフェンタワーからは、一切の人間の存在が感じられなかった。
 長針が十二を指しても、もう関係のないことだった。






 プロンテラの清算広場は、とても賑やかだった。たくさんの一次職パーティーと、二次職がちらほら見える。
 懐中時計を首にかけたノービスの少女は、きょろきょろと落ち着かない様子で周囲を見渡した。
 やがて、ノービスの目の前をパーティーが過ぎった。剣士の男性、商人の女性、シーフの少女、アコライトの少年。楽しそうに談笑しているが全員ぼろぼろで、全滅して戻って来たのが一目でわかる。少しして、同じくぼろぼろのマジシャンの男性が走って追いついてきた。
「私がやっとモロクセーブ直したと思ったら今度はそっち〜?」
「しょうがないじゃないか、昨日ずっと時計塔で狩りしてたんだから」
「バーカ何一人で狩りしてんだよ、俺ら誘えっつーの」
「コイツ昔っからそういうとこあるんだよな、だから友達いないんだよ」
「まーまーいいじゃんいいじゃん。ほら、清算するよーアイテムちょうだい」
 しばらくむすっとしていたマジシャンも、会話の中に入るにつれ、すぐに表情が綻び始めた。
 その楽しそうに細められる青い瞳を確認すると、ノービスのパスカは、人波の中へ紛れて行った。


 路地裏で赤い光に包まれて姿を消した彼女を知っている人間は、この“時間”には、誰一人としていなかった。




20111213
 























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