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Spica
俺の目に映ったのは




「龍之介、ごめんね」


後ろから聞こえた声に俺は思わず振り返る。



「夜久さんにも、ごめんねって」


「彩…?」












「だって、私迷惑掛けちゃったじゃない」

彩はマグカップを片手に笑った。


「迷惑…?」

「だって、ほら…」

「ああ…」


あれは、彩が気に掛けるような事じゃない。俺が勝手にとったんだ。

夜久は、少しばかり怒っているかもしれないが。


「直兄さんに、変なこと言われた?」

「え?い、いや?それより…」


いきなりのことに、心臓がぎゅっと握られたような感覚がした。


言われてない、とは言えない。

あれは、本当のことだ。


「嘘ね。だって直兄さんが暫く龍之介に近づくなっていったもの」


彩はカップの中身を一気に飲み干すと、御代わりといってカップを突き出した。


「つまり、出せ、ということか」

「その通り」

にっこりと笑う彩からカップを受け取り紅茶を入れに行く。









言われたなら来るな、と言いたいところだが、それが俺にはできない。

言おう言おうと考えておきながらいざ彩を前にすると言葉が出てこなくなる。


それは、この前のあいつを見たからか?


それとも…――






「龍之介ーまだ?」

「あ、ああ、今持っていく」


二人分の紅茶を持ち、元々いた場所に戻る。


「あれ…、おい、彩」


さっきまでいたはずの彩がいない。


「あれだけ部屋をうろつくなと言ったはず…」


「龍之介」


背中に何かが当たった気がする。若干痛いような…。


後ろを振り返るとぬいぐるみを片手に持った彩が立っていた。






「お、お前…っ」

「まだ持ってたの?こんなの捨てちゃえばいいのに」


彩はそのぬいぐるみをジロジロと見ながらそう言った。


「こんなのって…」


今彩の手元にあるのは、持っている本人がくれた物だ。

自分が大切にしてたものをよくそうぬけぬけと…


「夜久さんが見たら驚くよ」

「夜久は部屋に呼ばない」


部屋に呼んだりしたらこの部屋をなんていわれるか。


「取り合えず返せ」

「今からまた私のもの」

「おい、そこは…っ」


小さい彩は俺と壁の間をスルスルと抜けていく。

相変わらずすばしっこいというか、なんと言うか。







「返せ」

十数分の鬼ごっこに終止符を打つため、彩が逃げられないように隅に追いやる。


「嫌よ。もう龍之介には、いらないでしょ?」


ぬいぐるみを抱いている彩の顔はよく分からない。


「だって、今は夜久さんだって、颯斗だって、友達だっているでしょ?」


トン、と音を立てて抱かれていたぬいぐるみが落ちる。


「弱虫な龍之介じゃないでしょ…」


少し震える彩を前に、ぬいぐるみを拾い上げる。

これは、渡したほうが、いいのか…?


「なぁ、彩…」

「龍之介…」


不意に顔を上げた彩が空いていた隙間から逃げ出す。


「元演劇部員なめんなよ!」


べーっと子供っぽく舌を出す彩に、俺はやられた、と思った。



「っていうか紅茶入れてもらったけどこの後直兄さんのとこ行かなきゃなかったんだ。ごめん、ありがと。ぬいぐるみ、捨てなさいね」

彩はそう広くはない部屋を早足に玄関先まで向かっていく。


「痛…っそ、それじゃあ」

「お、おい彩…っ」



バタン、と音を立てて閉められたドアと先程拾ったぬいぐるみを交互に見る。





あれは、演技だったのか…?





そしたら俺は、自分がとろうとしていた行動が恥ずかしくて仕方ない。






でも、本当にか…?











俺はそのぬいぐるみを眺め、昔と今を重ねてみる。












俺は…











俺の目に映ったのは偽りか本物か

(取り合えず、これを戻すか)
(この後、うっかりマグカップを落とし割ったことは)
(誰にもいえない)



10/05/14

…よく分からないものになってしまいました←

*#
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