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煽るきみ(ONE PIECE:白ひげ)




馬鹿野郎、エース。てめェ……、とりあえず、帰ってきたら殺してやる。


どれだけニューゲートが心の中で悪態をつこうが、目の前に居る女が彼の前から消えることはなかった。
長く生きてきた彼には不可思議の一つや二つ……いや、それ以上の数を経験してきたが、こんなことは初めてだった。赤の他人と夢の共有なんて。おまけに会話することも出来る。
それにしても夢なんざ数年ぶりだ、そう思って女から視線を逸らした。

どこまでも真っ白な空間。見渡す限り“例外”を除いて色なんてものはどこにもなく、殺風景な夢の中で目をやるとしたらその“例外”しかなかった。そして“例外”もニューゲートに目を向けていた。
エースと同じ、癖のある黒髪に黒い目ン玉。片方が包帯が顔の右半分に巻かれていて見えないがエースの妹、ならば色は間違いなく海と同じ蒼色だろう。赤い唇に充分痩せている自分のナースたちよりも、一見不健康そうなくらい細いくせに腹ただしくも筋肉も胸もついた肢体。首に下げられた、服で見えなくなっているネックレスらしきものには見覚えがあるような気がした。

「白ひげ、ですよね」
「まずはてめェから名を名乗れ」
「モンキー・D……、エースの妹の方が通じますか?」

ニューゲートに対し無作法ではないが口を開く女は随分前にエースが話していた、エースの妹である女とは全く一致しなかった。
特徴なんかは一致していると言ってやろう。エースが言っていたのは目の前に居る女が十四の時だったはずで、女とガキの成長は信じられないものである。
だが、ここまで聞いた印象と会った印象が変わるのも珍妙だ。

『なにかと突っかかってきてはケンカになるんだよなァ、でもってガキの頃のケンカの仕方ったら俺と弟が殴りあいで妹のヤツは噛みつき。殴り合いでも痣が出来るくらいやることがあったんだが噛みつきなんて信じられねぇことしやがるからケンカが終わった時にゃ俺の顔は涎だらけでよ、しかも頬にまで歯型がついてんだぜ?信じらんねーだろ。まあ、女が一人だけだったから俺に勝とうとしたら殴りあいよりも良いやり方だったんだけどな。泣き虫でよ、直ぐ泣くくせして俺に追いつこうとすんだ、キラキラ目ェ輝かせてよ…や、まあいいんだけどな。…!、つ、つーかなに全員で聞き耳たててんだよッ!!何か恥ずかしいじゃねーかッ!』
『やあ、エース隊長の知られらず暴露話が聞けるって聞いたもんで』
『何が暴露だ!!何がッ!』
『充分暴露じゃねェかい。なに長々ジンベエと話してるかと思ったら妹のことでンなに緩んだ面して話してんだからよィ。このシスコン』
『だ、誰がシス、』
『おめーだ、エース』
『げっ、親父まで!』

いつぞやの宴会の時に、ジンベエのヤツとそんな会話をしていたエースを思い浮かべて、言い返したい心模様が心中渦巻く。目の前に居る女が噛みつきでエースの顔を涎だらけにするなんて面白ェ真似をやらかすなんてことは到底思えなかった。
そりゃガキの話だ、大人になるにつれて変わっていくのは分かるがエースを見ていればどうにもこうにも血をわけた妹が変わるわけがないとニューゲートは思う。
ならば考えられるのは、……女にエースの知らない過去があること。エースが知らないうちに女は何かを背負ったのか、もしくは背負ってしまったのだろう。

「……夢を誰かと共有したのは初めてです」

長い間、考えていたら女はポツリと呟いた。
しかも自分と同じことを考えて、そのことに返事すら返さなかった白ひげは黙って酒を飲む。いつも膝に置いているせいか夢の中でも酒は飲め、それも味まである。
丁度いいことこのうえない設定だ。


「で、てめェは何か俺に言いたいことがあったんじゃねェのか」


ニューゲートがそう問うのには理由があった。
見た目に似あわず夢に関しては占いなんかを信じているマルコが昔言っていたのだ。「誰かが夢に出てくるって時にゃ、その夢の相手に言いたいことがあるからだよィ」と。
ふと思い出したのだがそれなら納得がいく。
今、女の兄であるエースは深海の大監獄(インペルダウン)に収容されている。妹ならば心配しているのだろう、その思いが夢を共有するに至ったのだろう、そう目星をつけた白ひげだったが予想に反して女は「…いいえ」と首をゆっくり横に降り、否定した。

「あ?」
「エースは絶対に助かります、死にません」
「……ハッ。そりゃ勘か?やめとけ。んな簡単に人の生き死(いきし)を決めてんじゃねェよ。小娘が」
「私が、助けます」

真っ直ぐにニューゲートを見返してくる黒目は強かった。
その目は、残っていた最後のパズルピースを埋めるかのようにニューゲートの頭の中でカチリとはまる。ようやく重なったのだ、兄であるエースと、祖父であるガープと。
そして………血縁関係などないであろう“あいつ”の眼と。

ぐらり。と酷くゆっくりした吐き気を覚えて、不快感が体を揺るがした。
赤髪と名をあげたシャンクスの顔を見ても傷が疼くだけですんだ。が、確かに相対したときに感じていた微弱な吐き気。
あいつの、ロジャーの野郎と相対した自分がその都度に感じていた吐き気を思い出して、口を押さえるなんて真似はしなかったものの眉を寄せた。そう、強く。

「お前は、なんだ」
「エースの妹です。……あの、エースと話したりして、思ってたことが一つ聞きたいことがあるんですが」
「なんだ」
「仁義なんて曖昧なもの、どうして掲げるんですか」

自分の信奉するものを「曖昧」と言われて、目を見張った。今までに一人だってそんなことを言ってきた人間は居なかった。だから、ニューゲートにとってそれは酷く異質だった。
恐らくこの場にエースが居ようが、シャンクスが居ようが目を見張っただろう。誰もが、そんなことなど言わなかった。思いもしなかった。仁義が曖昧なもの、など。
そしてそれはニューゲートも同じで。

「仁義が曖昧たァ、言うじゃねェか……ざけてんじゃねェぞ。小娘が!」

気絶させない程度に出した覇気に女が耐え切れないように膝をつく。
苦しそうにしながらも、まだ喋れる。それはそうだろう。喋ってもらわなければ困るのだ。話しをしなければ困るのだ。
何を、どうして、仁義が曖昧などと口にしたのか。仁義を掲げるニューゲートにとって、その言葉がどういう意味をもつのか分からないわけでもないだろうに。

「海軍の、正義は、曖昧です!殺すのが正義、苦しむのが正義、殺されるのが、正義!なら、仁義は、」
「うるせェよ」

今度は気絶させるくらいの覇気を出した、…つもりだった。
驚くことに覇気が出ない。女も何も反応を受けずに、こちらを未だに強い目で見返している。エースと、ガープと被らない、“あいつ”の、ロジャーの眼で。
女はまだ口を開く。

「あなたは、」
「!」

女の眼は嘲笑ではなく、同情でもなく、自分に対する怒りでも、悲しみでも、はたまた覇気を喰らった恐怖にも染まってはいなかった。
そして、ようやくロジャーの眼すら重ならない。違うものとなる。こうして、再び女の目は俺の知らない眼に、女本来の眼となった。
吐き気はゆるりと治まり、だが何の言葉も出ない俺に女は言う。

「ロジャーの ライバル じ ゃな 、あ なた 、はー ―――」

それから続く言葉はなかった。白い空間からピシャリと弾き飛ばされたかのように、影も、少しの跡すら残さず消えたのは女だった。
つまり、これは、共有していた夢ではない。俺の夢にあの女が迷い込んだか、もしくは……俺が、あの女に会いたかったかのどちらか。
夢に迷い込むなんて可能性は少ないだろう。場所も、年齢も、性別も、何もかも違うのだから。つまり後者――――そう思って、考えるのをやめた。
考えるな、引っ切り無しにそう叫ぶのは間違うはずもない己だったからだ。
今、あの女が居なくなったことで、ようやく解放されたかのような思いをしている、己だったから。

あの女が続けようとしていた言葉。
それを一番知っていて、分かっているのも己だ。だが、それを一番分かりたくないのも己で。
こんな俺をみたらシャンクスもマルコもエースもセンゴクも、そしてロジャーすらもが驚くはずだ。反応は違えど、絶対に。
今まで誰もが触れなかった、“俺”に“ふれた”、あの女。

『――で、そんなエースの可愛〜〜い、妹のお名前は?』
『名前?名前は…………ぐー……』

冷かしまじりに訪ねた仲間と答える前に寝ちまったエースを思い出した俺は、あの野郎。と一言漏らして目を閉ざした。
どうして興味をもった時に寝るんだテメェは。やっぱりガープの血をひいてるだけはあるな。あの女も途中で寝たりするのだろうか。
そして目を開ける。白い空間は消え、暁が目に入る。船が寝静まり、七武海と海軍本部との戦闘準備の為に力を各々が蓄えているのだ。

さて。

「変な、女だ」

俺が抱えた「この」苦しみ。あの女が抱えた「であろう」苦しみ。
もしかしたら、あの女はティーチ以上に厄介で馬鹿で、俺の嫌う存在かもしれねェ。…いや、恐らくそうなのだろう。
恐れていた言葉を俺に散々向かって舌をふるってくれた女を思い出す。酒池肉林、酒と女は喜ぶものとされてきたがあの女を相手にしたら、俺は絶対に喜ばない。苦い、とんでもなく苦い、苦すぎる薬草のような女。あの女がエースの言っていた飴玉のように甘い妹ならば、あんな会話にはならない。しかし、しかしこの時、俺は。


エースには悪いが、あの女と俺は出会うべくして出会ったような感じをもった。


陳腐な言葉で飾るには、ちと難しいが“運命”で綴られたようなものを感じたのだ。
酒を一口乾いた口に入れようとして、やめる。……酒がない。そのかわり少しの残り香を感じた。
ナースの使う甘ったるい香水とはまるで違う、清々しいまでの石鹸の匂いが鼻につく。どうせ潮風でこの匂いも直ぐに消える、そう思ったら如何してか、惜しかった。

「変な、女だ」

本当に変なのは、そんなことを思う俺だというのに。










「じりりりりりりっ」
「そういえばサニー号だった、ここ…」

最近目覚ましが壊れてしまったので朝の五時半がまわると電伝虫が鳴ることになっている。
電伝虫も起こされて機嫌が悪いのか、どこか不機嫌顔だ。流石生き物、感情がよく伝わるな。そう考えて、「さっさと電話をしろ」という表情をしている電伝虫に手を伸ばした。
途端に聞えてくる明るい声。よく朝っぱらからそんな声が出る。

『おはよ〜〜〜う!今日も起きたかい?僕の愛しの、』

「ああ…ありがとう。起きれた、ごめんな。毎日目覚まし時計がわりにしちゃって」

『いえいえ!愛しいキミの為なら!』

ガチャリ。と電伝虫を切って、朝食準備中であろうサンジの言葉を遮った私は再び寝始めた電伝虫にくすりと笑みを漏らした。
虫でありながら何だかどうして愛着がわくのだ。
にしても。

「………まさか白ひげに会うなんて」

夢だったら、と軽い気持ちで聞いた質問ではなかったが……殺されかけるとは思わなかった。
そう考えて溜息をつき、カーディガンを羽織る。



ああ、もう朝。




END


企画サイト様「無防備なくちびる」へ提出。


電伝虫を出すのがオマケで申し訳ない…!電伝虫って電話なのにアラーム扱いしちゃって本当に悪いと思ってます、はい;!反省してます!
「僕を煽るのがうまい君」の内容は大体考えていて、だけどお題が定まってなかったので今まで非公開でした。
だけど上手く文字で綴れて良かったと思います。かなり時間かかりました…。

2009,04,04




  



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