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戦う前のキス(ティーチ)



「悪いなァ、俺ァずっと待ち続けてたんだ」

ほんの数分前までは友達だった死体を前にして、男は奪い取った果実を手にした。
悪いと思っている、はずみで殺してしまった事実は否めない。が、男はずっと待ち続けていたのだ。
名をあげずに、力を持っていても隠し続けて、そうしていて漸(ようや)く転がり込んできた、待ち望んだ果実を前にしたら男は止まることが出来なかった。
止まろうなんて、考えてもいなかったが。

にやりと笑った男は確認もせず、それを丸ごと口に放り込んだ。
むしゃむしゃと頬張った口に広がる、なんとも表現できない味。
美味いならば良かったものの、広がってきたのは不味いとしか言えない、吐き気すらも催しそうになる味だった。
「うげえっ!」と吐き出すことはせずも、ペッぺと唾を船の床に吐く。

「汚い」
「!」

「まずかった…」と、呑気にも呟いた男が目を見張った。
後ろから聞えてきた馴染みの声に慌てて振り返る。瞬時に目で捉えることのできた長い白髪に薄い唇。
一般的に美人と称される顔立ちをした女を前にして男、ティーチは舌打ちした。
戦えば勝てる自信はあるが、食べた果実の能力を確認していない今、親父を呼ばれれば正直厄介だ。が、女はそんな素振りすら見せなかった。

「船に唾をはかないでよ。掃除するとき大変でしょ……サッチの死体とっとと海に投げ入れてよね」

危険視する素振りどころか殺されている女の部隊長である(「だった」という形容が正しいが)サッチの死体を片付けろとまで言ってきた女にティーチは笑った。
この女のこういう性格は、やっぱり素だったようだ。
何があろうと冷静でクール、どこか危険な香りのする女はティーチとしては好みのタイプだった。

「ゼハハハ、そりゃ悪かった。まあサッチを海に投げ入れても無駄だろうよ、直ぐに気付かれる」
「そりゃそうだけどね」
「さて……お前はどうするんだ?」
「ん?そりゃ殺すよ」

サッチへの言動だけでは女が今、なにを考えているのか。これから如何したいのか。
そんなことは読めずに素直にティーチが質問をしてみると、女は平然と言葉を返した。
殺す?誰に向けられたかを分からないティーチではない。

「殺す、か……そりゃいい、シンプルな話だな」
「でしょう」
「だがその前に、」
「?」
「降りてこいよ。そこから」

手すりに尻をのせてティーチを見下ろしていた女にちょいちょいと手招きしたティーチはサッチの死体があるのとは別の隣へ女を呼ぶ。
女もそれに一度は不思議に思ったようだが、手すりにかけていた手をパッと離して軽やかにティーチの隣へと降り立った。
「なに?」と自分よりも遥かに体格のいいティーチを女が見上げれば、――――月に照らされた甲板に浮き上がる、唇と唇が重なったシルエット。

ぱちぱちと状況が分からずに目を瞬かせた女に不適に笑ったティーチが当てた唇を離して、口を開く。

「最期くらい、好き勝手したっていいだろ?」
「……誰の最期と言いたいのかしら?」
「そりゃ………お前だ!」











ガッと腰に差していた剣を降ってみれば、やはり女は軽やかに甲板を蹴った。
月の煌びやかな光を纏った女は身につけた羽衣をたなびかせて、空中をふわりと浮く。
そういやコイツのこんな幻想的なまでに綺麗なのも好きだったな。
そんなことを考えたティーチは空中に浮いたまま何もしてこない女に不信感を抱いた。

眉を潜めた途端にグサッとした音が響いた。
音のした方向を見てみればそこには起きたばかりらしい寝惚け眼をしていた仲間が、段々信じられないというかのようにして立っていた。眉間には鋭い針が何本も刺さっている。
ドタッと声もなく倒れた仲間と同時にトスッと降り立った女をティーチもまた信じられないというかのような目で凝視した。

「?…殺すって言ったじゃない、どうしたの?」
「殺す……おま、流れから言って俺だと思うじゃねェか!」
「思わないでよ。てか知らないわよ、そんなことまで……まあ、あたしを殺そうとしてたのをみたら状況は掴めてたんだけど」

ふわああ。と間の抜けた欠伸をした女にティーチは自分まで気が抜けそうになっているのに気付いて、力を抜いた。
さて、また流れを読み間違えていなけらば恐らくこの女も自分の仲間となるだろう。
そう思って呆れるくらい簡単に(元)仲間を殺した女を見つめた。ら、女が近付いてくるのが見て取れた。なんだ?と思って、女に目をやる、と近付いてくる唇。

ちゅ、と軽いリップ音。

「……どういうつもりだ?」
「おかえし」
「ゼハハハハッ。嬉しいおかえしだな!」
「よく言うわね」

こだまする笑い声に女は今更ながらに自分を恨んだ。
なんで好きになるのがコイツだったのだろう、と。

実はというと女がティーチの野望に気付いたのは数ヶ月前。
ふとした拍子に話すことがあって、話題が妙に楽しかったことが原因で姿を目で追うようになったのだ。それでようやく分かったのがティーチの実力。
恋というのは面倒なもので戦闘中ですら効力を発揮してくれるから幸いだった。あらかさまに手を抜いて戦うティーチの姿に気付けたのはそれがおかげで。
そうして考えたり、目で追ったりしているうちに気付いてしまったのだ。

ティーチが秘めている残酷性に。
力を追い求めている姿に隠された、その為ならば仲間すら殺してやろうという気持ちに。

最初は身震いしたが、何はともあれ好きだという気持ちは変わらなかった。
だからこそ見極めてやろうと思ったのだ。

ティーチがどこまで“いける”か。
本当にゴールまで行くのも良し、近いところまででギブアップするのも良し。
それでも楽しみになったティーチの先を見極めてみたかった。

「さて、行きましょうか?仲間殺しさん」
「ゼハハハ、そうだなァ。仲間殺しの共犯女房」
「……誰が女房よ」







(朝日が昇り、発見された二人の死体と消えた二人を関連付けるのは白ひげじゃなくとも簡単なことだった。)




END




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