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断層騒音



虎から見える、鮮やかな「赤」。
それは待ち望んだキャプテンコートではなく、鉄のむせ返るような獣の「血」。
木の下で、二頭の虎が相対して共食いの為に争っている。

血は二頭から発せられていた。

怖くて、たまらない。
生きる気力を失った私がこんなことを思うのなんて理にかなってないかもしれない。

だけど。
だけど、
やっぱり、
どうしても。


(三日間、付きっ切りだった人を信じたいという想いをもつことは、いけないことなのでしょうか?)

(たった三日間でも、話す会話がなくても、私にとってあの人は信じられた。何でかは知らないけど、この人なら大丈夫って思えた。)

(助けて。なんて、もう願わない。だけど、どうか、信じるこの気持ちだけは守らせてください。)



かみ、さま。



人間は弱い。
だから神という絶対的な存在をつくって祈ることをした。
天国、地獄という想像をつくったのも人間が弱い証拠だ。
己の身を、思考を、潔白を守るための、証拠。

ガルル…獣の呻き声や唸り声がしてから何十分経ったのだろう。
弱肉強食、その言葉を無視したかのごとく二頭は同時に息絶えた。
ぴくりとも動かぬ死体となった虎を見下ろした私は、喜ぶわけもなく悲しむわけもなく、ただただ動けなかった。


ただ、
命を守ろうとして私を殺そうとしていた虎が、同じように命を守ろうとして戦った虎と、命を守るために戦って、死んだのだということ。


野生というのは怖い。
怖い、そう思うのは人間が手を出してはいけない、と決まっているからだ。
生存本能、野生動物、生きるための戦い。生きるための戦いを動物たちがしている。


私は一体何をしている?
やりすごし、逃げて、隠れて、怖がって、他人の救助を待って、願って―――――情けない。



情 け な い ?



普通なら絶対に思わないことを、私は思ってしまった。
だって仕方がないじゃないか。
非力な、牙もツメも何も持たない一人の人間が肉食動物に勝つなんて銃かなんかを持ってないと無理じゃないか。だから仕方ないんだ。逃げたのは仕方、な、い、ん……。

あの虎は必死に戦っていた。
木の下から降りない私をずっと睨みつけていた。
ずっと、ずっと。諦めることをせず、木に逃げたから仕方ないとも思っていなかった。

あの蛇は必死に戦っていた。
現れた敵かもしれない私から己を守るために自己防衛を働かせたのだ。
だけど、私は逃げて、……。



どくり。



自分の心臓の音が響いた。



何かが、私の中で、崩れた。

平和とか普通とか、そんな在り来たりな人間であった自分の、何か、思考、行動、今まで、未来、何かが、崩れた音がした。

 



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