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野生恐怖




助けて、ロジャー。
あんたなら虎くらい一発で殺せるんじゃないの。
お願いだから、私を助けて。

何かに憑かれたかのように私はロジャーの名前を大声で呼び続けた。

甘い考えを、と最初は言っていたがそれどころじゃない。
落ちてしまえば直ぐに死んでしまう。



「ロジャー、虎が!怖い!助けて!殺される!助けて、ロジャー!」



声が枯れるくらいの大声で私はそう呼び続けた。
お腹も減っていて、力には限界がある。
手から力が抜けそうだ。抜いてしまえば真っ逆さまに落ちてしまう。

虎は私から、少しも目を逸らさない。
ヤンキーやチンピラとか、村には居ないけど街にはいる。
怖い姿でおじさんたちにメンチをきっているその姿に私も少しは怯えたことがある。
だけど、それとはまるでちがう恐怖。段違いだ。
野生の恐怖。生存本能をもった虎は私を絶対に食べる。
ゴロツキのように「金を出せば」なんてことは絶対に言わない。



虎は私がここから落ちれば、容赦なく顔に噛み付き、喉に噛み付き、絶命させてから私を食べるだろう。



私と虎の命がけの持久戦が始まっていた。
ただ私にはロジャーという望み薄いが強力な助っ人がついているという状況で。

虎は私を食わねば生きていけない、己の体力と生きていくための栄養を求め。
私は虎から逃げねばならない、恐怖と死から逃げるために。


ぎゅっと目をつぶれば、ヌメリとした感触が指を襲った。
声もなく目を見開いて驚き、身を竦め、体を後ろにひく私は片手に強く力を入れて体を支える。そして急いでブンブンとヌメリとした感触ある手を振った。
予想どおり、それは蛇だった。

長い、ぞくっとする感じから逃れたくて一生懸命手を振る。

蛇を好きな人間は少ないだろうけど、私も例外じゃなく蛇が怖かった。
あの全てを飲み込むような目も蛙を丸呑みする口も長いとぐろも、全てが身の毛のよだつ原因だった。
蛇の唾液が見えて、腰が抜けそうになるのを感じた私は恐怖を抑えてもう片方の手で蛇の体を掴む。


だけど蛇は離れない。


一心不乱に蛇の顔をつかんだのは、手首に痛みを感じてからだった。
ビタビタと頭を掴まれても長い胴体が暴れ、私を更なる恐怖へと誘う。

私は頭を持って、そのまま蛇を虎に叩きつけるように落とした。
それから直ぐに虎と蛇のその後を見ようとはせずに目を背けて、蛇にかまれた跡のある傷口に口を当てた。
じゅっと唾液と一緒に吸い付き、溜まった唾液ごと吐き捨てる。


前に本で読んだことがあるのだ。
毒のある蛇は限られていて、こうやって直ぐに対処すれば問題のない蛇が多いということ。
冷静な処置とはいえないが私のやったことは正しかったのだろう。目が霞むとか毒でよく起こる症状はあらわれなかった。



気がつけば蛇はどこにも居らず、待ちくたびれたかというような虎が私を睨んでいた。



虎が蛇を食うかどうかは知らないが、未だに虎が居るという事実。
それは間違いなく私には最悪の状況が続いているということだった。




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あきゅろす。
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