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卑下自分
 


『ついてこい』


私を散々見下ろしたロジャーは顎で森の中にを指した。

そして私が立ち上がるのすら待たずに深い茂みの中へ消えていく。
緑溢れる自然の中で、赤というキャプテンコートの着工色がとても目をひいた。


正直このまま逃げたいという思いがあった。でもそれをしなかったのは、そんなことして逃げても追いつかれて殺されるだろうという諦め。
そしてもう一つ、ロジャーが私を殺す気はないんじゃないかと思ってしまったからだった。


今思えば、かなりの平和ボケした考え方だった。
海賊を前にして、そんなことをちらりと思うことは命取りだ。それも海賊王に向かって。
殆どの海賊が悪だと知っていながらも、私は同じ人間なのだからという目で海賊を見ていた紛れも無い証拠だった。


でも、ロジャーは私の平和ぼけに順応に応対できる人間だった。
噂にきくような悪い男ではなく、なんとなくロジャーが航海していた理由は夢なんかを追い求めた結果じゃないのだろうかと思うようになったのだ。


そう思うようになった理由はロジャーと会ってから三日過ぎた頃だった。
三日間ロジャーは何も語らなかった。私がいくら話しかけても、だ。
森の中で食事を見つけて私に分け与える。寝床として安全な場所を見つけて、私を誘導する。
何の目的でそれをするのかを私が問うても、なにも答えなかった。



そして、ようやく。
はじめてロジャーは私の眼を見て、笑った。



「森に慣れてきたようだな」
「や、お風呂に入りたいんですけど……」
「湖で体を洗えばいい」



この三日間、私は一度も熱いお風呂に入っていない。
夜中は冷えるのでなるべく避けた結果、なんとか昼に湖で水浴びをしているのだが石鹸がないとかシャンプーがないとかで正直ストレスがたまっている。
湖の水は魚もいて、下まで澄んでいるくらい綺麗な湖であることが唯一の救いだった。


正直、後悔はしたのだ。


父との雑談、弟とのいがみ合い、母の怒鳴り声、家畜であるミニブタの顔。
ロジャーと離れた場所で一人静かに眠りにつくのを待っていた私は何度もそれを思い出して、帰りたい思いでいっぱいだった。



もちろん、今だって。



「…1つ、いっておく」
「はい…」
「俺はお前を鍛えるつもりだ」
「はあ?」
「お前を強くする」
「へ、や、ちょ、冗談ですよね、私、そんな、」



首をぶんぶん振る私にロジャーは笑うわけでもなく、真剣な顔で見つめてきた。


俺には遣り残したことがある。


そう言って私を見るけど、それはつまり私にロジャーの遣り残したことを成し遂げろと言いたいのだろうか。
ふざけんないでよ、と友達に言われたなら悩むことなく笑って誤魔化すのに、ロジャーを前にしてそれはできなかった。


私だって強くなりたいと思ったことはある。
小さい頃から冗談半分に、だけど本当になりたいと思っていた。
信じられないくらい強くなって、海賊を倒して、世界から一目おかれて、そして村の人や家族から褒められたい。



本当に幼いことを今でも心の奥底で思っている。
だけど、そんな、唐突に言われてしまえば私は黙りこくるしかない。


私は強くなるという『妄想』をしてきたのだ。
妄想の中での私の身体能力は地面を力強く蹴れば民家の屋根にまで飛び移れるというくらい常識離れした体のバネを持っていた。
他にも凶器を持って近付く人間の気配を逸早く察することができたり、五百人くらいがいっきに襲い掛かってきたら体術だけで潜り抜けるなんてことを妄想していたのだ。

だけど実際の私はまるで違う。
体を動かす遊びは好きだけど、長い距離を走るのは面倒だしビリ近くになるので嫌いだし、ボール遊びだってボールに遊ばれているといったほうがいいくらいだ。
バスケなんかでボールを上手に扱っている男子や女子を見るといつも羨ましいという感情しかなかった。短距離だってちょっと太ってる私は嫌いだ。
小さい頃は泳ぐことが好きだったけど、この年頃になってから体格があれなので嫌いになった。


だから、私には、無理。



「無理、ですよ。私、できません」
「できる。」
「それは私を知らないから、私めちゃめちゃ体育苦手なんです!飽き性だし、根性ないし、ついてけません!強くなるなんて無理です!」
「できる。」
「できるって、見てくださいよ。これ、二の腕とか脂肪もついてて、太ってるんですよ。筋トレだって5分でギブアップしちゃって…!」



他にも、と言い終わる前に素早い速さでロジャーが私に飛び込んできた。
走り、手にもった刀が私を襲いかかるのを前に私は恐怖からバッと目をつぶる。痛みを耐えるために体全体に力を入れた。

だけど、予想していた痛みはこなかった。

恐る恐る目蓋を開ければ、そこにはロジャーの姿。
立っているだけで、私に持った刀を振り下ろす様子は見えない。
それに困惑した私はぐっと唇をかむ。



「お前ができることを言ってやる。俺は人を評価するのが苦手だ、一度しか言わないからよく聞いとくんだな。」
「え、」



まず、お前は女だ。女っつーのは男よりも防衛本能が強い。
何でだか分かるか、子宮があるからだ。
「女」であり、「母」である女は子宮っつう最大の武器を守ろうとする。
だから防衛本能が男よりも高いもんを持ってんだ。
言ってみりゃ、男はどれだけ己を鍛えようが女以上の防衛本能をもつことはねえってことだ。
あとは柔軟な考え方ができたりすることだ。
が、てめえの場合ちょっと追加できるもんがある。
分かるか?反射神経だ。天性の、天賦の才能っていうほどのもんじゃねえが中々のもんだと思うぜ。



正直私をここまで誉めてくれたのは初めてだった。


そりゃそうだろう。誰だってこんなこと他人には言えない。言ってほしいと思うけど、とても言えない言葉…評価だった。
勿論ロジャーはそれだけを見抜いたんじゃないだろう。
私が臆病で内弁慶で馬鹿で虚勢張って、意地っ張りで、泣き虫だってことも、偽善者だってことも見抜いてるのだろう。


そんなことが分かっていても、私はロジャーを呆然と見つめ返した。


ぎゅ、と拳を握る。
ロジャーの顔を見れば笑っていた。強く、惹かれる笑み。
だけどその顔に真っ直ぐ見返すことができなくて、私は顔を俯ける。
今から言おうとしてることは恥さらしだ。だけど、どうしても言わなきゃいけない。



「その修行……私でも着いてけるくらいお手柔らかで」
「お手柔らかな修行で強くなれるわけないだろう。」



当然のごとく、私の些細な、そして馬鹿な頼みはロジャーにバッサリと拒絶された。


明日から私は生きていけるだろうか。そして父くらいだと思う。
自分のいやな、臆病な面を他人に見せたのは父以来だと。




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