月狼 優しいのは、心だけではなくU 「これでも驚いていますよ」 仏頂面で答えるトマにノヴァートはさらに笑みを深くした。 トマは「それより」と続けた。 「何でレンがそこにいるのでしょうか?」 トマの青い瞳はノヴァートの後ろに控える黒髪黒瞳の青年に向けられていた。 ノヴァートは面食らった顔をした後、納得したようにああ、と呟いた。 「見た目は似ているけど、レンではないんだ。彼の名はロウ。僕の護衛をしてもらっている」 ノヴァートの言葉に立ち直りかけたタイガがまたずっこけた。 タイガ以外の三人はタイガを見下ろしたが、あえて声はかけてやらなかった。 「ま、タイガは無視して、要件に入ろうか。立ち話もなんだし無駄にフカフカするソファにでもどうぞ」 トマは礼を言って座る。 タイガもぜいぜいと荒い息をしながら座った。 トマはタイガに呆れたような視線を向け、視線をノヴァートに移した。 先程まで穏やかだった表情から打って変わって、真剣になる。 「君達に、頼みたいことがあるんだ。王直々から僕への命令なんだけど、この通り、僕一人でやることには限りがあるわけだ。仕事は危険でもあるけど、それ相当のものを払う。仕事というのは――」 「すみません。君、たちに、ですか」 トマはノヴァートの言葉を遮って確かめた。 「そう。君、たちに」 ノヴァートはにこやかに言ってのけ、先を続けた。 「仕事と言うのは、ガーデンの修復作業を手伝ってほしいんだ」 「いやです」 「イヤダネ」 二つの声が重なるように響く。 ノヴァートは苦い顔をして、だが、どこか余裕のある笑みを浮かべる。それは何処か謎めいていて、気品のある笑みだった。 「タイガ、僕さ、ライナから聞いたんだけど――」 「だぁあっ! 言うなっ!」 タイガは慌てて止めに入る。 「あ、そうそう、新しく王宮研究員探しているんだよね。トマ君、どうかな?」 ノヴァートの言葉にトマの瞳は一瞬にきらめいた。 「受けてくれるよね?」 ノヴァートはにっこりと促した。 二人はわずかにだが、確かに頷いた。 「君達ほどガーデンに詳しい人はそうそういないからね、期待しているよ」 口端を上げるノヴァートの表情は相手が有無を言うことのできないものだった。 トマとタイガが部屋を退室しようとした時、ふと思い出したようにトマは挨拶でもするように言う。 「王太子殿下、女遊びもほどほどにしないと身を滅ぼしますよ」 トマにしては珍しく嘲るように笑っていた。 ノヴァートの顔は笑顔が張りついたままだった。 「何でノヴァートが女たらしなの知ってるわけ? そんなにアイツのこと知らないだろ?」 謁見の間を後にしてしばらくたった時、タイガは不思議そうに訊いた。 「鼻だよ。薬品を嗅ぎ分けているせいか、普通の人より鋭いからね。あの人、かなりいろんな香水が匂ってた」 タイガは感心したようにへぇ、と呟いた。 トマはタイガを横目で見て、尋ねる。 「何で僕がガーデンの出身ってわかった?」 「カンだよ、カン」 タイガは一言で終わらせて、トマをちらりと見た。 「もう一つ質問。何で、お前は驚かないんだよ?」 「驚いていないわけないだろ。ただの……低血圧だ。寝起きが悪い方なんだ」 トマは眼鏡をかけなおすと眉をよせた。 タイガは声を抑えて笑っていた。 「何で笑う必要がある?」 「いや、さ、低血圧でノヴァートを黙らすなんてお前、すっげーなっ!」 「……誉め言葉としてとっておくよ」 トマは笑うタイガを無視して歩調を早くした。 タイガは慌ててそれを追い掛けた。 [*back][next#] [戻る] |