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はんぶんもことばにならなくて


眼が覚めるとまず政宗の視界に飛び込んできたのは男の顔だった。
ぼんやりとしか見えていなかった目が、愛しい男へ焦点を結ぶ。
頬の傷跡も、後ろへ撫でつけた髪も、神経質そうな眉も、何も変わっていない。
その精気を取り戻した政宗の目を見た小十郎は、顔に貼りつけていた不安を安堵へと変えてほう、と長い息をついた。

「ようやくお目覚めになられましたな。ご気分はいかがですか」

優しくほほ笑んだ顔で小十郎に顔を覗き込まれた瞬間、政宗は金縛りにあったかのように固まってしまった。
男が自分の隣に在る事実。
二人で過ごす穏やかな時間。
小十郎が敵の懐に攫われてからずっと求めてやまなかったそれらが今、戻って来たのだ。
しかしそれがあまりにも急だったので、政宗はどうしたらいいのか分からなかった。
何かを言おうとして政宗は何度か口を開きかけたが、ようやく絞り出すことができたのは「悪くない」という変に上ずった一言だけだった。

「それはようございました。馬から降りるなり倒れられてそれから二日も眠りこんでいたのですよ。よほどお疲れだったのでしょう。小十郎が戻っていたにもかかわらず、お力になれず申し訳ありませんでした」

小十郎の言葉に政宗はその時のことを思い出した。

豊臣に手を下した数刻後、政宗はすでに軍を率いて奥州へと馬を走らせていた。
唯一傷を負った政宗が「帰る」と言ったのだ、刀を抜くことすらなかった男たちが諾と言わないはずがなかった。
途中でこちらに向かっていた小十郎とも落ちあい、常に政宗の隣に添うように小十郎が馬を走らせていた。
出陣の時とは違い、ぴりぴりと張り詰めた空気はもう微塵もなかった。
囚われていた小十郎も無事に帰還し戦にも勝ったのだ。
城に戻れば全てが終わる。
皆そう安堵し、馬を走らせながら話す表情は晴れ晴れとしていた。
馬の足音とそれに負けぬよう張り上げた声が混ざって賑やかだった。
政宗はどこか心地よいその音に浸りながらちら、と横を走る男の横顔を見た。
ようやく自分のもとへ帰って来た愛しい男。
竜である自分の右目。
早く城に帰って男の存在を全身で感じたい。
その一心で政宗は馬を急かした。

ようやく城に着き、愛馬をいなして静かに降りた時、眼の前にはやはり小十郎がいた。
だから帰って来たのだ、と思えた。自分の城へ。
愛しい男のいる以前の生活へ。

その思うと、今まで張り詰めっぱなしだった気が、ふわりとほどけた。
地に足をついた瞬間まるで地面に力を吸い取られたように、脚から力が抜けて。
政宗はその場に力なくくずおれた。
遠のく意識の中で、名前を呼ぶ小十郎の声を感じながら。

「……しばらくは戦も小競り合い程度でしょうから、ゆるりと体を休めることもできましょう」

今、目覚めたこの部屋には自分とと小十郎の二人しかいない。
この状況を自分は今か今かと望んでいたのに、小十郎は会いたかったという言葉も抱擁もよこそうとしない。
それだけでなく、まるで本心を分厚い綿でくるんだようにどこか遠回しな物言いをする。
まるで、自分だけが恋しがり会いたがり、そして会えたことに舞い上がっているみたいで政宗は気に食わなかった。
いつまでたっても恋人としての顔を見せようとしない小十郎に、ついに政宗は痺れを切らした。

「政宗様!何を!」
「小十郎っ!」

伸ばされた小十郎の手を、短い一喝で宙に縫い止めた政宗は、小十郎の制止を無視して袷を開くと胴に巻かれた包帯をぐいと下に押しやった。
そして。
小十郎の手を取ると、ゆっくりと自分の左胸の上へと導いた。

「俺だけ、か?こんなにも、会いたいと思っていたのは俺だけなのか……!?」

泣きそうな声でそう言った政宗は、しかし涙を瞳に湛えたまま流すことはなく、きっと小十郎を見据える。
その目から、そして胸に押し当てられた右手から感じる少し速い鼓動から政宗の気持ちが痛いほどに伝わってくる。
小十郎はようやく政宗を傷つけてしまったのだということに気付いた。

「政宗様」

小十郎は政宗の細い肩を腕の中に抱き寄せた。
そして耳元で厚い吐息に乗せて、呟く。

「政宗様が小十郎を思って下さっていたように、小十郎も常に政宗様を思い、お会いしたいと思っておりました」
「はっ、どうだか……」
「貴方様のことを案じない時などございません。今も怪我を気にかけるあまり、こうして気がつくのが遅れてしまったことをどうか、お許しください」

そっぽを向いたままの政宗の頬骨や耳に、小十郎があやすように何度も口づけると肩が撥ねる。
お身体は痛みませんか、と囁いた小十郎に政宗はぎゅ、としがみつき肩に顔をうずめた。
着物からはすっかり馴染んだ男の香がして、自分がその男に抱かれていることを痛いほど実感した。
こうして男の熱い体温に浸ることができる幸せに、鼻の奥がつきんと痛む。

「痛くない、お前の腕の中なら痛くてもいいから……小十郎」

気持ちも、涙も、溢れてくるのに。
嬉しいのに止まらない嗚咽のせいで伝えたいことが言葉になってくれなかった。

「俺はもう、お前を失いたくない」

一番言いたかったことだけをようやく紡ぎだして。
残りは、口づけとともに相手の唇へ押し付けた。





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後書き☆

瑕疵様主宰の「あなたとおはなし」という小政企画に寄稿させていただきました。
言葉にならない→それほどまでに嬉しい→アニメ終了後の再会!という連想で書いたのですが。
幸せな伊達主従の物語というコンセプトなのにこんなシリアス文になってしまって申し訳ございません……!!
とは言え楽しみながら書かせていただきましたvv
瑕疵様素敵な企画をありがとうございました!!またの機会がありましたらよろしくお願いいたしますv


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あきゅろす。
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