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右目が右目たる所以

朝、いつものように小十郎が主を起こしに行くと、主の姿が見当たらなかった。
いや、見当たらないと言うには語弊がある。
居るには居るのだ。
目の前の膨れ上がった布団の中に。
東北の冷夏とはいえ明らかにこの時期にふさわしくない分厚さの掛け布団はわざわざ押入れから引っ張り出してきたらしい。
今の時期には少し早い植物の意匠が描かれた掛け布団を殻のようにして籠ってしまっている。
息苦しいと言ってうつ伏せで寝るのも口許まで布団を引き上げるのも政宗は嫌い、いつもなら仰向きで寝ているはずなのだ。
目の前の現状にあぁまた魘されてしまったのか、と小十郎は静かに息をつく。

過去にも何度か同じことがあった。
その時も同じように政宗は布団ですっぽりと頭まで隠していた。
一切の光を、外との関わりを頑なに拒んでいるかのようだった。
身体に沿って緩やかに隆起した曲線が時折震えたのはひょっとしたら泣いていたからかもしれない。

その時から、何も変わっていないのだ。
この目の前の現状は。
愛されるべき母親に愛されないどころか、忌み嫌われ命すら狙われたという事実は政宗の心をいつまでも締め付けてじくじくと疼く痛みを齎す。
右目の傷が決して消えることがないようにその痛みが消えることはおそらくないのだ。
いつもの政宗はそれを隠しているだけに過ぎないのかもしれない。
眼帯でその右目を隠し、さらに伸ばした前髪でその眼帯すら隠そうとしているように。

思わず小十郎はまたため息をついた。
それは決してうんざりとして吐きだしたものではない。
いつまでも過去に縛られて雁字搦めの政宗に対する憐れみ。
一番傍にいるにもかかわらずその現状を変えてやることのできない自分への遣る瀬無い苛立ち。
それらがない交ぜになって小十郎にため息をつかせるのだ。

だが小十郎にしてみれば、その右目の因果で政宗に出会い、決して裂くことのできない強い絆で結ばれた主従となり、果ては想い合う仲となったのだ。
この運命をもたらした右目が愛おしくないはずがない。
消えない傷は自分がそれをつけたときに忠誠を誓った自分の決意の深さなのだと。
だから決して気に病まないでほしいと。
常々言い聞かせてはいるのだが、どうしても不意を狙って現れる悪夢には勝てないらしい。
起きてください、と声をかければ布団の中から泣きそうに弱く、震えた声で出ていけ、と返ってきた。

「今日の政務は午前中で終わる量。昼から遠駆けにでも繰り出しませんか。きっと今頃なら海岸沿いの向日葵が満開でしょう」
「嫌だ」
「小十郎は政宗様と参りとうございます」

布団の中から返事が返ってこない。
しかし小十郎には政宗の表情が目に浮かぶようにわかる。
主は迷っているのだ。
日常、小十郎は自分から意見することを意図的に控えている。
それは主と家臣と言う身分を弁えてのことなのだが、政宗にとってはそれが不満らしい。
恋人なのだからそんなことを気にせず接してほしいといつも言う。
だから、急な小十郎の申し出が嬉しくて仕方ないのだ。
いつもなら二つ返事で、いや、もしかしたら今からなどと言いだすはずだ。
しかし、今の政宗はどうしても外に出たくないらしい。
その二つで葛藤して結局答えを出せずに黙りこんでしまっているのだ。

「…………明日、なら」
「今日の方が余裕を持って出られるのですが……政宗様がそう仰るのなら明日にいたしましょう。
時に政宗様、小十郎はそろそろ政宗様と向かい合って話がしたいのですが」
「だめだ」
「政宗様」
「…………眼帯っ!取れ」
苛立ちの滲んだ声が聞こえたかと思うと、掛け布団の中からすっと白い手が出てきて人差し指で枕元の棚をそこだと指差す。
小十郎はその上に置かれた桐の箱を取って戻ってくるとこんもりと膨らんだ布団の前にきちりと正座をする。

「貸せ」

蓋をあけた音が聞こえたのか、指差してそのまま布団から伸びていた手が、掌を上にして開かれる。

「つけて差し上げます」
「いらねぇ、貸せ」
「小十郎がつけて差し上げたいのです」

しばらくの静寂の後、布団の中から盛大な舌打ちが聞こえた。
そして政宗はのそりと布団から出てきて、俯いたまま小十郎の膝につくくらい近くで胡坐をかく。
張っていた意地が折られたせいで、いかにもばつが悪そうに着物の裾を弄んでいる。

「お早うございます、政宗様」
「っ……や、め」

小十郎はためらいなく政宗の右目を隠す長い前髪をかき分けると、露わになった右目のすぐ下に口づけた。
それに肩を揺らして驚いた政宗は小十郎をどかそうと鬱陶しげに手を振りかざすが、それは小十郎に軽々といなされ腕ごと抱きしめられることになった。

「政宗様にとってこの傷は忌むべきものでしかないのかもしれません。
しかし小十郎はこれがために政宗様に出会い、お仕えすることができたのです。
この傷は竜の右目が右目たる所以。そう思うと、小十郎にとってこの傷は愛しくて仕方ないのですよ」
「お前っ……時々なんてことない面してしゃあしゃあと恥ずかしいこと言いやがって」
「では恥ずかしいついでにもう一言」

小十郎は政宗の顎に手をかけると俯いていた顔をぐいと上げさせた。
そして政宗が抵抗する隙も与えず唇を重ねる。
たっぷりと口づけを堪能した後、小十郎は唇を離して言った。

「愛しております。貴方の右目に誓って」
「……I know.」

ほんのりと頬を主に染めて、政宗は少しだけはにかんだが、己の表情が緩んだことにはっと気付くと小十郎の胸に顔を埋めて隠してしまった。
しかしようやく見せた笑顔に小十郎は安堵し、布団の中で癖がついてしまった政宗の髪を手櫛で丁寧にととのえた。



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 後書き☆

うちの小十郎はこんな人笑
世話焼きで時々とんでもなく恥ずかしいことを真顔で言って逆に政宗が赤面してしまいます。

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