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竜が舞う 下



真っ赤に燃える夕日が山の稜線に隠れて夜の帳が下りたころ。
政宗の言う「小十郎の誕生日party」はすでに始まっていた。
しかしそれは金をつぎ込んで贅を極めたものではない。
いつもの議事に使う大広間には、政宗と小十郎と伊達軍の兵たちが集い、いつもより少しだけ手の込んだ食事と、酒が用意された。
酒を飲んで程よく酔った男たちは、時を見て催される余興を声高に囃したてたり手拍子を送ったりしている。
その合間に男達は順にやってきては小十郎に言祝ぎの言葉を贈る。
そしてその男たちに返事をしながら少し離れたところで政宗の隣に座し、小十郎はその光景を眺めていた。
その横でちびちびと盃に口をつけていた杯をぐいと煽って残っていた酒を一息に飲み干した政宗は、杯を机に置くとおもむろに立ち上がった。

「どちらへ?」
「風に当たってくる。そのまま続けててくれ」
「お供いたします」
「いい」

騒いでいる男たちを気遣ってか、政宗は廊下につながる方ではなく奥の部屋へと続くほうから広間を出て行った。
小十郎は隣にいた話相手が突然いなくなってしまったので暇を持て余すことになった。
気性が荒い割に立ての並びをきっちりと弁えている男たちはこのような宴の場でもそれを崩そうとはしない。
小十郎の容姿のために近づきがたいというのもあるのかもしれないが。

手酌で杯を満たすことにどこか居心地の悪さを感じつつも、はしゃぐ男たちに目をやった。


「さぁ!今日の余興も残り二つ!次はお待ちかね美女の舞!」

設えた舞台の司会役を務めていた男の言った美女、という言葉に男たちが今までにないほどの盛り上がりを見せる。
すると部屋の障子が開けられて、楽器を持った男たちが足音も立てずに入場してきた。
笛二人、鉦、小太鼓、大太鼓、と楽器を持った順に位置に座る。
すると皆が待ちかねた女がやってきた。
豊かな黒髪を背に流した女は若い女の面をつけていた。
そのことに男たちは一瞬落胆の色を見せたが、すぐに気を取り直して囃したてた。
歩いていく足取りは爪先まで優雅さを纏っていた。

小十郎はもしやと思って辺りに気を配ったが、男たちの声の中に近づいてくる足音を拾うことも、障子に映る主の影を見つけることも出来なかった。
風流好きで珍しいことには好奇心を露わにして首を突っ込む政宗なのだ。
この舞いを見ていればさぞ気に入ることだろう、と小十郎は思った。
だからおそらく庭かどこか風通しのいい部屋にいるだろう政宗を呼びに行こうかと思った。
今からなら終わる前には連れて来られるかもしれない。
だが、これが誕生日という名目が薄れてきているとはいえ自分のために開かれた宴であること、そして政宗が「続けてくれ」と言っていたことがふと脳裏に浮かび、小十郎は浮かしかけた腰を座布団に沈めた。

その時、太鼓の音が部屋に響いた。
それを皮切りに小太鼓や鐘が鳴り始め、二つの笛が互いに絡み合う旋律を奏で始めた。
そして、女が手にした扇を持ち上げた瞬間。
部屋の空気ががらりと一変した。
今まで響いていた声が一斉にぴたりと止んだ。
男たちも小十郎も、言葉を失ってその女に釘付けになったのだ。
一つ一つの所作は爪先、指先までぴんと洗練されていて、無駄がない。
身のこなしはまるで小川の流れのようにしなやかで、巧みな手管で男を誘う遊女すら思い起こさせる。
とん、と床を蹴って浮いた身体は重みを感じさせずに軽やかに着地し、両肘にかけた羽衣がまるで羽のようにふわりと舞う。
重力を感じさない動作になにか人のものとは思えない神聖なものを感じ、目を離すことができなかった。
するとまるでその様を嘲笑うかのように手首にしなを利かせて扇を返す。

男たちも小十郎も口を開くことすら忘れて目の前の女の舞う姿に見入っていた。
そのため広間はしんと静まり返り、音楽と時折女の立てる軽やかな足音と扇を開閉する音だけが響いていた。そしてふと気がつけば音楽が終わっていた。

踊り終えて割れんばかりの拍手を受けていた女は突然、つかつかと男たちを割って小十郎の方へ歩みだした。
押しのけられた男たちは慌てて女を避け、そしてそれを見ていた小十郎は即座に身構えた。
右腰に手を伸ばそうと反射的に動いた身体をなだめながら。
小十郎の前でぴたりと足を止めた女は、しばらく小十郎を見下ろしていた。
そして。
右手が、左顎に伸びたかと思うと勢いよくつけていた面をはぎ取った。

「ま…政宗様!!」

面とともに、面についていた黒髪がばさりと音を立てて床に散る。
するとその面の下から現れたのはまさしく自分たちの主、政宗の顔だった。
今まで見ていた女の仮面の下から自分たちの主が出てきたのだ、部屋は騒然となった。

「ひ、筆頭!!」
「いつの間に!」
「最高っした!」
「……惚れ、ました」

どさくさに紛れた告白に小十郎は一瞬耳を疑ったが、そんな男たちの声援のなかから拍手が聞こえた。
するとあっという間にそれは広まり、部屋を突き抜けんばかりの音量で満たした。
その拍手と男たちのまなざしを背に受けながら、政宗は満足げに腰に手を当て、唇の片端をにやりと釣り上げ、小十郎を見降ろして言った。

「どうだ小十郎、俺からのpresentはお気に召したか?」
「……は。これ以上ないプレゼント、でございました」
「そうか」

ふ、とほほ笑んでそう言うと政宗はそのまま小十郎の隣、部屋を出るまで自分がいた場所に腰を下ろした。
そして手持無沙汰に眺めている男たちに「続けろ」と言い、小十郎に注げと促して盃を差し出した。
小十郎がすぐさま注いだ酒を、まるで水のように一気にくいと飲み干すと、盃を置いた。

「お前が満足してくれたなら、良かった」
ふいと顔をそむけてしまった政宗の首筋が、いつもよりほんのりと赤みが強い気がした。
小十郎には、わかっている。
この愛しい主が、上からの言葉に思いを交えることは得意でも、面と向かって言う言葉には恥じらいを見せるということが。
それを思えばこそ、向けられた背中さえ、愛しいと思えた。
抱きしめたくなる気持ちを抑えて、小十郎は言った。

「政宗様」
「ん?」
「この小十郎、撤回したいことがございます」
「あん、なんだ、言ってみろ」
「先日小十郎の誕生日に何が欲しいかとお尋ねなさった時、何も要らぬと申し上げましたのを覚えていらっしゃいますか」
「……だから俺がこうして、」
「ええ、ですが気が変わりました……美しい錦を着飾った竜を、今夜の供寝に頂戴いたしたく」
「小十郎……」

はっと振り向いた政宗の顔には喜びと戸惑いが浮かんでいた。
自分からはしたい、お前が欲しい、などと小十郎がたしなめたくなるほどあけすけな言葉を放つことができるのに、自分を求められることにはめっぽう弱いのだ。
隻眼を見開いたまま政宗は小十郎を見詰めていたのだが、次の瞬間には右の口角を釣り上げて悪戯っぽく笑った。

「まぁ美しい錦を着飾った、ってのは無理かもしれねぇがな」
「と言うと」
「供寝するころには着物脱がすんだろ?」
「それは……政宗様のご意向に従いますが」
「Ha,乗ったぜ。この竜をありがたく受け取れよ?」
「それはもう」
「じゃ、抜けるぜ」

そういうと政宗は立ち上がった。
腕を取られて咄嗟に政宗様、と言いかけた小十郎の唇の前で政宗は人差し指をつき立てる。

「今抜けねぇと明け方までだらだら続くぜ?俺がわざわざトリにやらなかった理由くらい察しろよ」

そうして音もたてず、二人は広間を抜けだし足早に主の閨へと向かったのである。




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 後書き☆

と、とりあえず美しく舞う政宗様が書きたかったのですが玉砕した感ありあり……


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