スクランブル・マンション03 「OK、わかった。じゃ」 ぷつりと電源ボタンを押し、携帯を持ったまま政宗はテーブルを見やった。 二人分の伏せた皿。 ご飯は炊き上がっているし、冷蔵庫ではサラダを冷やしてある。 小十郎が帰ってきたら鍋に火を入れて、今年はじめてのシチューをよそって完璧な晩御飯になる、はずだった。 いつもならもう帰ってきている時間、しかし小十郎は帰ってくるかわりに遅くなるとの電話を寄越した。 会話があるはずのキッチンが今は静まり返っている。 それが居たたまれなくて政宗は明かりを消してベッドルームに逃げた。 ベッドに潜り込み、掛け布団を頭まで引き寄せ、このまま寝てしまおうと思った。 しかし、まどろみ始めたところで拍子抜けたチャイムの音が政宗を現実に引き戻した。 もしかしてと思いつつ政宗は小走りで向かい、ドアを開けた。 「ごめんね、食事中だった?」 期待していなかったとはいえ、立っていたのが小十郎でないとわかると政宗の表情が曇った。 それをいぶかしんだ佐助はタイミング悪かった?と政宗の顔を覗き込む。 「まだ食べてないから、いい」 「片倉の旦那まだなの?珍しいねー……寂しい?」 「……別に、寂しいわけじゃ……それより、何の用?」 「ん、ちょっと話したいなぁって」 おいで、と佐助は政宗を広間に誘い出した。 政宗はしばらく玄関先から動こうとしなかったが、佐助がもう一度おいで、と言うと心を決めて外へ足を踏み出した。 佐助と机を挟んで向かい合う形で座った政宗は、椅子の上で左脚を抱いて俯いてしまった。 「伊達ちゃんがそんな顔してる理由、聞かせてよ」 佐助は政宗の様子を伺いながら、人好きのする笑顔を浮かべた。 しばらく政宗はそんな佐助を見据えていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。 「小十郎が……遅いのは仕方ねぇのに、さっきも当て付けたみたいに一方的に電話切っ…た、し。小十郎が他の患者と話してるとか、仕事だから当たり前だって、頭では理解してるのに……だめ、だって思う自分の心の狭さがすごく嫌だ… …」 話しているうちにすっかり俯いてしまった政宗を、佐助は見つめる。 理性と独占欲の葛藤に苦しむ政宗を佐助はどこか微笑ましく思いながら見つめていた。 「片倉の旦那が羨ましいな、俺様」 「……何で」 「それだけ伊達ちゃんに思われてるなんて幸せ者だって。俺様なら伊達ちゃんみたいな子が恋人だったら独り占めしたくて外出せないかも」 「……それは、すごいな」 少しだけ明るい表情になった政宗の頭を佐助は机越しに手を伸ばしてがしがしと撫でた。 政宗は鬱陶しそうに目を細めたがしかし振り払おうとはしなかった。 「言いたいことは言わなきゃ。伊達ちゃんと旦那がどんなに好きあってても、気持ちが全部伝わるわけじゃないでしょ?」 「でも……」 「いい?今度電話がかかってきたらこう言いな」 佐助はテーブルの上に身を乗り出して政宗の耳元に口を寄せた。 * * * 机の上で震えた携帯を手に取り、政宗は耳に当てた。 「政宗、悪いがが今日は少し遅くなりそうだ。夕飯は先に食べておいてくれ」 「ん、分かった」 「………政宗?」 いつもなら先に切られるはずなのに、無言のまま通話状態が続いているのを不思議に思った小十郎は、携帯を耳に当てたまま固まっているだろう政宗に声をかける。 「小十郎」 政宗の携帯を持つ手に力が入る。 言ったらどうなるのか、我が儘だと呆れられないか、と不安が込み上げる。 けれど。 「……早く、帰って来い」 思い切って口に出すと、少しの沈黙の後、わかりました、とことさら優しい声が返された。 その日、いつもより10分しか遅れずに帰ってきた小十郎は政宗を見るなり抱き寄せた。 なかなか離そうとしない腕の中で厚い胸板に頬をすり寄せながら、明日猿飛に礼を言わないとな、と政宗は心に思った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |