望むなら(1)
(1)
「………は?」
「だから〜、貰えるならどっちがいいですかって?」
突然のカカシ先生の質問は、あまりにも突拍子も無い事で片手にある酒を見ながら、今まで話しをしていたのはこんな内容だったかな?と首を傾げた。
元教え子の上司になった彼と知り合ったのはもうかなり前になる。
最初は挨拶程度にしか会話等しなかった。それが少しずつ会話が増え、今では子供達が成長して自分達の元から離れても付き合いが切れる事は無く週末になればどちらかの家で酒宴をするくらいになっていた。
最初は彼の偉大すぎる功績に驚愕と緊張でまともに話し等出来ず、だけど彼の人隣りを知り意外と庶民的な生活を見て妙な話安心感さえ覚え徐々に打ち解けていった。
そして今日も明日は久々の連休で俺の家に簡単なつまみや惣菜を持ち寄り呑み会を始めている。
そういえば、最初はこんな安い惣菜なんて食べるのだろうか?なんてのも考えていた。
ある程度呑みお互いほろ酔い気分で、何となく下世話な話しになっていた、そんな中でのいきなりな質問。
あれ?さっきまでは、好きな女性のタイプの話しだった様な気がするんだが…?
「……いや、その前の…」
「……?アー、"付き合って欲しい"と言われて、"体だけの関係"か、"プラトニック的な愛だけの関係か…"…かな?」
持っていたグラスを卓袱台に置く。
彼のいきなりな質問の意図がわからず、ジッとカカシ先生の顔を見て言葉を発した。
「だったら、俺はいらないです。」
「え?どっちも?」
「いらないですよ」
驚きの表情のカカシ先生を放っておいて、俺は無くなったビールの缶を台所へと持って行く。
「でも、どちらかは必ず貰えるんですよー?」
「…でも、いらないです」
隣の部屋から問うてくるカカシ先生に返事をし冷蔵庫を開け、新しい酒を取り出しながら小さくため息を吐いた。
何なんだろ?
わざとか?
それとも大変おもてになる上忍様は、そんな事が日常茶飯事に起きているのか?
だから麻痺してわからないのか?
いいよなー、そもそもそんな質問された事もねーよ。
……て、そんな事よりも一番腹立つのは…。
両手に酒を持ち、まだブツブツ呟いているカカシ先生を見る。
握った缶がメキッと音をたてた。
どうせ、そんな事を考えているカカシ先生にはわからないだろうな。
片方なんかじゃ嫌だ。
俺はどちらも欲しい。
カカシ先生の気持ちも……体も。
長い付き合いの中、気が付いたらいつの間にかカカシ先生をそういう対象で見ていた。
昔から彼の名は姿は知らなくても功績や噂を沢山聞かされてきた。見た事も無かった自分はどんな強者が来るのかと不安でいっぱいだったのに、ナルト達に囲まれる様に現れたカカシ先生に暫く固まってしまった。
真っ先に目に入る銀の髪は室内の明かりでさえも反射して光っていた。
そして、男の人だというのに透き通る様に滑らかで白い肌。後になって口布を下ろした時は更に驚愕した。何故隠さなくてはいけないのかと疑ってしまう程の男前で、どちらかと言えば中性的な顔立ちは薄い唇で一見軽薄そうに見えるが左目の上を走る傷痕が顔に重みを増し哀愁がある。なのに笑った顔は何の邪気も感じられない位純粋に見える。
ドクンと心臓が大きく跳ねた様な気がした。
何もかもが綺麗だなと思った。
ああ、俺はあの時から好きだったのかも。
もしかしたらこれが一目惚れなんだろうか?
再びあの時の事を思い出し、改めて自覚してしまう。
「……イルカ先生?どうしたんですか?」
茶の間から心配そうな声が聞こえハッとそちらを向くと、カカシ先生が此方の様子を伺っていた。
「…あっ、いいえ。何でもありません」
急いで茶の間に戻り、手にしていた酒を卓袱台の上に並べた。とはいえ、その話しのせいで酔いも冷め何だか新しいのを開ける気にもなれず手元のつまみをぼそぼそと食べていた。
前のカカシ先生はまだ独り言の様にさっきの話しを呟いている。
はぁっとワザとらしくため息を吐き、カカシ先生を見た。
「…どうしてそこに拘るんですか?…誰かが言ってきたんですか?」
何故カカシ先生はそこに拘るのか?それが気になるがそれを問いただす程自分に資格が無いのもわかっている。
遠回しに聞きながら、醜い嫉妬を隠す自分に嫌気がさした。
「…うーん。誰かに聞かれたという訳では無いんですがね〜…」
「…でしょうね、カカシ先生はそう言われる事は絶対ありえないと思いますからね」
「え?どうしてですか?」
「…アンタね…」
カカシ先生はあまり自分に関心が無い様で、それが良い意味でも悪い意味でも凡人の自分から見たら質が悪い。
いくら輝かしい功績であっても既に過去の事であり、周りから褒め称えられてもいまいち反応が無い。それを振りかざす上忍もいる中そんな彼は下の者から見れば尊敬を集め崇拝する者だっている。
だけど冷静にみると、それはまるで彼が生というものに執着していないかの様でとても不安になる。
以前アスマ先生がカカシ先生について何だか笑顔が増えたと話していたのを思い出した。
「カカシ先生はご自分の魅力をもっと自覚された方が良いかと思いますよ?貴方に言い寄られたら誰だって一つ返事で承諾するでしょうに」
「…うーん。でもそれではなぁ〜」
歯切れの悪い言い方が不思議に思い彼に向く。
「誰かにでは駄目なんですよ。俺の好きな人では無いと何の意味も無いんですがね〜」
思わず声が出そうになった。
ーいるんですか?好きな人が?…
彼の周りばかりを警戒していた訳では無い。
その考えが一番恐れていた事だからあえて考えていなかっただけのこと。
そんな事は必ず来る事なのに、軽く眩暈が出るのを酔った振りで誤魔化した。
ああ、もうこの気持ちも終わりかな。
それでも、最後まで彼に気付かれたくなくて派手に驚いてみせる。
「もしかして、カカシ先生好きな方がいらっしゃるんですか?良いなぁ。あー、だからそんな質問されたんですね?」
上手く笑っているだろうか?
酔っ払いのふざけと思ってくれたら助かるのだけど。
カカシ先生の顔を見たら泣いてしまいそうで、目の前の酒を見つめる。
「………………はあ〜…」
しかし、聞こえて来たのは投げやりなため息だった。
怪訝に思いそちらを向くと、何か不機嫌な顔のカカシ先生が後ろにある壁に背を凭れかけ窓の外を見つめていた。
「…カカシ先生?」
「……俺がね、さっきの質問してたのは…相手はね、絶対そんな事を言わないだろうなぁ〜と思ったからなんですよ…」
「………?」
「…そんな質問どころか、気にしてさえいないですから……あれはね、只の俺の願望です。せめて、一つでも貰えないだろうか〜なんてね」
顔は未だ窓の外を向き不機嫌なままだったが、瞳は寂しそうに伏せている。
「……だったら……」
「……え?」
「…だったら両方欲しいって言えば良いんじゃないですか?…片方だけでは嫌だと。心も体も欲しいと。」
これ位は言っても良いだろうか?
きっと彼はわからないだろう。
もうすぐ消えてしまうこの想いの端を少しでも伝えても罰は当たらないかな。
こんな風にしか伝えられない自分が悔しくて笑っているのに胸の中はキリキリ痛くて苦しかった。
またまた続きます。(汗)
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